凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「……え?」
言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。なにかを言おうとするのに、唇までが痺れたようになって言葉にならない。
目を見開いたまま、その場に座り込む。
「隠し子報道が出てしまって、北園会から宏輝さんの責任を問う声が噴出したらしいの。このままではせっかく握った経営権のイニシアチブを失ってしまう。もともとのパワーバランスでいうならば、上宮病院の立場の方が弱かったのだから」
「そんな……」
「それで、その、宏輝さんは……婚約話を呑むことに……ごめんなさい、あたしのせいです。あたしが最初から提携話なんか受けなければこんなことには」
早織さんの慟哭だけが部屋に響く。どっどっどっと心臓が早鐘を打つ。隣の部屋から尾島さんに遊んでもらっている祐希のはしゃいだ声が聞こえてきていた。
婚約? 宏輝さんと、北園さんが?
今朝のことを思い返す。私を抱きしめた彼の温もりを、声を、息遣いを。
確かな愛が、そこにあったのに。
重なる唇の感触がなまなましく蘇ってくる。
『愛してる』
何度も囁かれたその言葉が、いま言われているかのようにまざまざと鼓膜を揺らしていく気配さえする。
愛してる、確かに彼はそう言ったのだ。
ゆっくりと呼吸を繰り返して、ぎゅっと手を握りしめた。ふたつの指輪がきらりと秋の日差しにきらめく。
「……ありえない」
力をこめたせいか、声が不自然に震えていた。早織さんがはっと顔を上げる。
「茉由里さん……あ、あたしのできることなら、どんなことでも償いはさせてもらいます。本当に……ごめんなさい……」
早織さんが肩をふるわせ、顔を覆う。
「ありえないんです、早織さん」
私はふっと肩の力を抜いて、頬を緩める。そんなことありえるはずがないのだ。宏輝さんが私以外を選ぶなんて、あるはずがない。
笑顔の私を見て、早織さんが泣き顔できょとんとした。
「ちょっとすみません、出かけてきます」
宏輝さん、気が重いって言っていた。だから私を補充してるって。
ならすぐにでもそうできるように、できるだけそばにいたい。
私がマンションのエントランスを飛び出すと、ばっと前に男性がふたり、立ち塞がった。
「なんですか⁉︎」
「茉由里様、お戻りください」
その言い方に、彼らは私の警護をしている警備員なのだと気がついた。
「どいてください」
手荒なことはできないはずだ、と振り切って通りでタクシーを止める。彼らは顔を見合わせて、けれど私がタクシーに乗るのは止めなかった。わかりやすく車が着いてきているのはあえてなのだろう。
総合受付のスタッフさんや警備員さんに驚かれつつやってきた上宮病院の会議室は人でごった返していた。プロジェクター用のスクリーンの前に長机とパイプ椅子が置いてあるだけの、簡素な会場だ。婚約会見にしては質素すぎる。
ほとんどが雑誌やネットニュースの記者のようだったけれど、いくつかのテレビ局も来ているようだ。ぎゅっと胸の辺りを握りしめる。
「それにしても結局結婚か」
「隠し子が気にならないのかな」
「金持ちの考えることはわからんな」
「まあ美男美女でお似合いだろう。医者同士だし話も合うんじゃないか」
記者さんたちがひそひそと話しているのが聞こえた。
私はそっと会議室を出る。
マスコミの人たちは私の顔なんか知らないようで、病院のスタッフとでも思っているのか全く気にするそぶりもない。
ふと、携帯が震えた。