凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

『茉由里、来たのか』

 通話にでると、少し低いトーンの宏輝さんの声がした。私はできるだけ柔らかな声で「うん」と答える。

『早織さんが行ったらしいな。あの人は本当に……なんと聞いた?』
「婚約会見だって」
『信じてないよな?』
「どう思う? まにうけて怒ってるかもしれないよ、私」
『……茉由里』
「ごめん。でも一瞬びっくりしたから」
『ん。……悪い』
「宏輝さんが今から何するかしらないけど、大丈夫、邪魔はしないよ。宏輝さん疲れちゃうだろうから、そばにいたかったんだ。私にできること、それくらいだから」
『それがいちばんでかいんだ。そばにいてくれるだけで、それだけで』
「宏輝さんって、全然欲がないよね」
『俺ほど強欲な人間はいないぞ? 俺は君の全てが欲しい。心も身体も、余すところなく』
「私、とっくに全部宏輝さんのものだよ」
『茉由里、あまりかわいいことを言わないでくれ。全部放り出していますぐ抱き潰しにいきたくなる』
「それは困っちゃうな。せっかく補充係に立候補してきたのに……あ、そろそろいくね。席が埋まっちゃう」
『そうか』

 宏輝さんの声が掠れる。その声にはこれでもかと心配が詰まっていた。

「宏輝さん。心配してくれてありがとう、守ってくれてありがとう。でも、相談してほしかった。そんなに私、頼りない?」

 信頼されていないのは嫌だなと思う。微かな怒りさえも覚えた。宏輝さんは私が京都に失踪したとき、きっと、もっと辛かったのだろうな。


 大好きな人に信頼されていないのって、こんなに嫌な気分になるものなんだ。
 いまさらながらに胸が痛む。


 電話の向こうで、ハッと宏輝さんが息を呑み、そうして「違う」と続けた。

『ひとりで子どもを産み育てるなんて、並大抵のことじゃない。そんな君が頼りないわけがない。強い女性だと、母親なんだなと、そう思った』

 そう言ってから、宏輝さんは少し黙る。

「……宏輝さん?」
『すまない。その、俺は……焦っていたんだ。茉由里が俺に呆れて見限ってしまいやしないか。また俺の元を去ってしまうんじゃないかと。だからひとりで解決したかった』

 宏輝さんが「ふっ」と笑った。

『格好悪いだろ? でも、好きな女の前で格好つけたかったんだ。それだけ』
「……じゅうぶんかっこいいから、そんなことしなくて大丈夫」
『ありがとう』

 宏輝さんはサラッとそう返して、それから「茉由里」と私を呼ぶ。

『愛してる』
「私も」

そう答えてから続ける。

「あの、宏輝さん。私もう、どこにも行かないよ。ずっとそばにいる、ずっと──」

 彼はなんでも持っている人だ。眉目秀麗で学生時代から文武両道で、医師としても有能で。
 なのに私がいなくなることにとても怯えている。私なんていくらでも代替がきく存在だと思うのに、彼にとってはそうじゃないらしい。

 私は彼にとっての唯一なんだ。
 そう思うと、お腹の底から力がわいてくる。強くなれる。

「私ね、どんなときもあなたの横にいたい。胸を張って立っていたいんだ。だってそうでしょう? あなたは私といると強くなれるんだから」

 同様に、私も──。

『茉由里」

 宏輝さんは呟くように言った。

『そんな君だからこそ、俺は愛してやまないんだろうな』




 記者席の隅っこに座りこっそり辺りを伺っていると、まず広報の男性が入ってきた。続いて宏輝さん、そして北園さん──。
 激しく焚かれたフラッシュが目に痛い。けれど宏輝さんも北園さんもどこ吹く風だった。こうして見ると、ふたりはとてもお似合いだった。まるでドラマのワンシーンのように思える美男美女、ふたり──。
 宏輝さんは気遣うように北園さんを先に座らせる。北園さんは美しく微笑みながら椅子に座った。

「ご婚約おめでとうございます!」

 記者席からお祝いの言葉が飛ぶ。さっき『金持ちの考えることはわからんな』と言っていた記者さんだ。
 その言葉に宏輝さんは眉を上げ立ち上がり、告げた。

「お忙しい中ご足労いただきありがとうございます。この場に集まっていただいたのは──」

 そう言って優しく北園さんを見下ろす。北園さんも幸せそうに彼を見上げ微笑み返した。私は彼女の顔を見て目を瞬く。どうして誰も気が付かなかったの?
 あるいは、本人も気がついていないのかもしれない。

 北園さんの瞳は、確かに恋する女性のものだった。

 そんな彼女に構わず、彼ははっきりと告げた。

「北園華月さんの犯罪行為を告発するためです」

 水を打ったように会場が静まり、やがてざわめきが漣のように広がる。犯罪行為……?
 北園さんの美しいかんばせが一瞬わななく。数度瞬いたあと、すっと目を細めて宏輝さんを見上げる。
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