凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「そんなってなんだ」
「泣くの我慢してますってかんじ」
「そんなのしてない」
お義父さんはむっと唇を引き締める。思わず笑ってしまった。宏輝さんと血のつながりがあるとは思えないほど、愛情表現が苦手なひとみたいだ。私の横で宏輝さんは神妙な顔をしている。なんていうか、どんな顔をすればいいのかわからないのだろう。
披露宴の翌日、私たちは子供たちを美樹さんと早織さん、そしてお義父さんに預け新婚旅行に出かけた。
新婚旅行、というほど新婚でもないのだけれど……それに子どもたちのことも気にかかるため、たった一泊二日だけなのだけれど、それでも久しぶりのふたりきりだ。
「わあ、綺麗……!」
私は広がる山々の紅葉を見下ろし、思わずそうつぶやいた。
そう遠出もできないということで、選んだのは箱根にある旅館だった。あちこち観光してまわるより、のんびりふたりきりで過ごそうということになったのだ。
訪れた旅館は、老舗の高級宿。その離れを宏輝さんは貸し切ってくれた。
このところ忙しかったから、他人の気配を感じずにのんびりしたいのかもしれない。放っておくと飛行機すらチャーターする彼だから、普段は言動をチェックしているのだけれど、そんな理由があるのならと快諾した。
離れの部屋はすべて露天風呂付き。さらに離れの利用客限定の貸切露天風呂がいくつかあり、それも今日と明日は私たち限定らしい。
そして案内された部屋は、美しい箱根の山々を眺めることのできる貴賓室。床の間に飾られているのは藤袴と桔梗だ。下げられている水墨画はどこかゆるい犬の絵だ。
紅葉はピークを迎えており、赤に朱、黄に葡萄茶と目にも楽しい。掃き出し窓になっていて、濡れ縁に出ることができる。
宏輝さんに手を取られて濡れ縁に出てみると、冬の気配がする風が頬を撫でる。
「寒いけど、気持ちいいね」
「そうだな」
優しく微笑む彼と、置いてあった籐の椅子に座りぼんやりと並んで腰掛ける。
少し強めに吹いた風に身を縮めると、宏輝さんがひょいと私を抱き上げて膝に乗せる。頭に頬擦りされ、ぎゅっとだきしめられているとポカポカと肋骨の奥が温かくなる。
「好き」
自然に漏れた言葉に、宏輝さんが嬉しげに「俺も」と答えた。
「愛してる、茉由里」
唇が重なる。触れ合うだけのそれが、やがて少しずつ深くなっていく。舌が擦り合わされ、絡められる。官能的な動きにみじろぎする私を、彼の逞しい腕はがっちりと抱え込んで離さない。
彼の舌が、私の口蓋を舐め上げた。ゾクゾクとした快感が背骨を走る。
「ん、ぁ……」
つい零れた声にハッとする。あわてて身体を離そうとするも、後頭部を大きな手のひらでがっちり支えられてとても出来そうにない。むしろさらに深く貪られ、すっかり彼に教えこまれた身体は簡単に蕩けてしまう。
「ぁ、やだ……宏輝さん。声、出ちゃう……」
「出したらいい。貸切なんだから」
私は目を丸くする。
「まさか、とは思うけれど……そのために貸切にしたんじゃないよね?」
宏輝さんは無言でにっこりと微笑む。私は微かに悲鳴をあげた。
「そ、そんなことのために……?」
「そんなこと? 冗談だろ。かわいい茉由里の淫らな声を他の人間に聞かせてたまるか」
そう言って彼は私を抱き上げる。「淫らってなに!」という私の声はまるっと無視されてしまった。