凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
『待たせてごめん』
そう言って彼が『結婚前提で』と交際を申し込んでくれたのは、彼が医大を卒業した年のことだった。私は短大の二年生で、就職活動を始めた矢先のこと。
『まだまだ研修医として、修行の身ではあるけれど……茉由里のこと守れる男になれたと思う』
そう言ってはにかむ彼の胸の中に、私は一切の迷いなく飛び込んだ。彼が「女性として」私を好きでいてくれていると、その事実が死ぬほど嬉しかった。
彼との立場の違いは理解していた。けれどそんなの乗り越えていけるって思っていた。何より『まさか反対されたりはしないだろう』と勝手に思い込んでいた。それは宏輝さんも同じだったと思う。なにしろ美樹さんは私を変わらず可愛がってくれていたし、宏輝さんと付き合ったことを小さなパーティーを開いてくれるほどにお祝いしてくれた。彼女は医師にならず、モデルという道を選んだ。そのため、家や病院のプレッシャーを宏輝さんひとりに背負わせたという負い目を感じていたのもあるのかもしれない。
宏輝さんのお父様はというと、そもそもあまり宏輝さんに関心がなかった。彼の興味関心は全て医学と病院の経営に向けられていたから。そして宏輝さんが八歳のときに義母となった早織さんも、義理の息子である宏輝さんにあまり興味がないようだった。彼女は内臓外科を専門とするベテランの医師で、宏輝さんのお父様同様に医学に傾倒していた。世間知らずと言ってもいいほどに。
関心がないのだから、反対もされないだろうと、そう──。
それは結局、若さゆえの甘い考えだったのだろう。あとになって深くそう思った。
ただ、それを知る前の日々は、幸せ一色だった。
宏輝さんは忙しい合間を縫って私との時間を作ってくれた。
印象に残っているのは、ふたりで出かけた動物園デートだった。普段は都内か、遠出しても江ノ島くらいだったのに、ある秋、関西旅行に誘われたのだった。メインは動物園と遊園地が一体になった複合型テーマパークだ。
『パンダの赤ちゃんが生まれたんだって!』
はしゃぐ私の手を繋ぎ、秋の日の下で柔らかく微笑む宏輝さんの表情が、忘れられない。
『見られるかな? ……あ、予約制なのか』
パンダ舎の前で肩を落とした私の目の前に、チケットがかざされる。パンダの赤ちゃんの見学チケットだった。
『……宏輝さん! これって』
『誕生日おめでとう、茉由里』
人前なのに宏輝さんに抱きつきかけて、慌てて止める。宏輝さんは少しがっかりした顔をした。
普段は大人でクールな彼なのに、私が甘えたりはしゃいだりするのが嬉しくてたまらないらしい。
『抱きついてくれていいんだぞ?』
『ひ、人前だからっ』
『じゃああとでたっぷりハグしような?』
いたずらっぽく目を細める彼の表情に、大きく心臓が高鳴る。
付き合って半年が経っていたけれど、私たちの関係はとてもプラトニックなものだった。手を繋いで、ときおりキスをして、それだけで満足していた。少なくとも、私は。
でも……。
微笑む彼を見上げる。
もしかしたら、という予感があった。彼と泊まりでのデートは初めてだ。