凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
ホテルへ向かうため、宏輝さんの運転するレンタカーに乗ってしばらく道を走っていると、渋滞に巻き込まれた。
『工事渋滞だろう。すぐに抜けると思う』
宏輝さんは飄々として言う。私は頷いて窓の外を見つめた。ひざの上にはパンダのぬいぐるみ……この年齢になって恥ずかしいけれど、つい動物園の売店で『かわいい』と手に取ってしまったのを宏輝さんに見つかり、止める間もなく購入されてしまったのだ。
と、しばらくゆっくりと車が動いていた矢先に、その事件は起こった。
『事故だ!』
『子どもが投げ出されたぞ!』
反対車線で起きた事故だった。渋滞の最後尾に後続車が追突。乗っていた大人たちは問題なく動ける様子なのに、チャイルドシートに座っていなかった子どもだけが窓ガラスを突き破って植え込みに投げ出されていた。上がる悲鳴、子どもの名前を呼ぶ母親の悲壮な声。直接色々見たわけでもないのに、私は身体を凍らせてその光景を見つめていた。
宏輝さんは路肩に車を止め、迷わずしゅるりとシートベルトを外す。
『茉由里、悪い』
『あの、何か手伝えることは』
『消防だけ頼む』
そう言って彼は颯爽と駆け出す。
『医者です! どいてください!』
その広い、頼り甲斐のある背中を見つめながら私は震える指先でなんとか「119」を押すことに成功した。
事故の様子を必死でオペレーターさんに伝える。
ややあって聞こえてきたサイレンに脱力して、私はぼんやりと集まってきた、心配そうな野次馬を眺めた。
子どもは骨折はあるものの命に別状のない状態で救急搬送されていった。のちのち、応急処置が良かったのだと報道されていて鼻が高い気分になる。
そのしばらくあと、予約より随分と遅い時刻になって彼に連れられやってきたのはラグジュアリーなリゾートホテルだった。静かな内海が一望できる小高い丘の上に建つ南欧風のホテルだ。
事故のことはスタッフさんの耳にも入っていたらしく、遅れたことよりも「疲れてはいないか」と気遣われてしまった。
『すご……』
ロビーは吹き抜けで、白い漆喰が目に眩しいドーム型の天井になっていた。行ったことはないけれど、どことなくポルトガルやイタリアなど、地中海に面した国々を想像する。
お母さんや友達と旅行に行くこともあったけれど、こんな高級なホテルは泊まるどころか足を踏み入れたことすらない。なかば怖気付いている私に宏輝さんは穏やかに笑ってエスコートするように腰を抱いてくれる。そのスマートな仕草に身を任せ、スタッフさんに案内されるがままにレストランへと向かった。
案内されたのは居心地のいい個室だった。
提供されたイタリアンのフルコースに、やけに私の好物が多いのに気がついて慌ててお礼を言った。宏輝さんは『喜んでくれてよかった』とさらりと微笑む。
夕食後に向かったのは最上階にあるスイートルームだった。寝室のほかにリビングやダイニングもある。バルコニーには天然温泉の露天風呂まであって、もちろんその先は穏やかな海が見渡せる。
夜の濃紺に染まった海の上に、丸い月がひとつ。
『すごい』
窓ガラスに手を置き思わず呟いた私を、背後から宏輝さんが抱きしめた。
『茉由里』
『こ、宏輝さん……んっ』
乱暴に唇が奪われる。
今まで彼から与えられてきた、ドキドキするけど同時に安心する優しいキスじゃない。
情欲をかき乱す、淫らなキスだ。口の中を宏輝さんの舌が這い回る。
『ん、んっ』
息がうまくできずに口を開くたび、キスはより深くなっていく。舌を絡めて擦り合わされ、頭の奥までジンと痺れた。
がくりと膝が折れかけた瞬間、さっと抱き上げられる。宏輝さんの唇は濡れていた。彼はそれを舌でべろりと舐め、抱き上げた私をじっと見つめる。
『茉由里……ここで君を、俺のものにしていいか』
宏輝さんがまっすぐに私を見つめ、少し掠れた声で言う。私は唇を微かにわななかせ、けれどはっきりと頷いた。
『はい』