「とりあえず俺に愛されとけば?」
「社長、すみません」
「あぁ、悪いすぐ行く」
彼のすぐ後ろにいたショートカットの綺麗な女性が遠慮がちに彼に話かける。あれいま、社長って聞こえたのは私の聞き間違いだろうか。
その女性に「悪いが先に向かってくれ」とひと言伝えた佐倉さん。
「かしこまりました」と業務的な返答をすると私と香澄に向かって一礼をしショートカット美女は歩いていった。
「なんだ、なずなが俺のこと思い出して会いに来てくれたのかと思ったよ」
「いや、そもそもこんなところでお会いするなんて思ってもいませんし……」
「なんだ残念」
眉尻を下げどことなく寂しげに「残念」と口にした彼はその数秒後、お面を付けるみたいにころりと表情を変え、持っていた資料をトントンと叩いた。きっと彼の仕事モードの顔。
「まあ、俺もこれから新商品の打ち合わせがあるから今日は失礼するよ」
不覚にも、ちょっとかっこいいじゃないかと思ってしまったことは絶対に口にしない。