「とりあえず俺に愛されとけば?」





「分かりました。ありがとうございます」




楽しそうな店長にそれ以外の言葉をかけることなんてできなくて、重たい足取りで更衣室へと向かった。



店長と一緒にSAKURAに行くことの憂鬱と、もうひとつ。佐倉さんに会うかもしれない憂鬱。


引き受けなければ、よかった……。


香澄と一緒にSAKURAに行って以来、佐倉さんには会っていない。

もしかしたら店に来るかもなんて思ってあの日貰った香水はずっと店に置いたままにしていた。さすがにこのまま貰ってしまうわけにはいかないから。



のろのろといつもより時間をかけて着替えをして、鞄からピンク色の桜柄のポーチを取り出す。簡単に化粧を直してスマホを見た。



画面の数字がちょうど17時を告げる。準備を終えてしまった……。

更衣室の扉を開け、静かにレジの方へ視線を向ければぱちりと森坂店長の視線とぶつかる。



こんな時に限ってこっちを見ているなんてずるい。店長が見ているのは、いつだって私じゃないのに。




「綾瀬、着替え終わったか?」

「あ、はい!」

「俺もレジ締めと、売り上げの報告終わったから、行くか」

「はい」

「すぐ着替えるから、先に外に出て待っててくれ」

「分かりました」




なんともない会話。それは店長が私に特別な感情を持っていない現実。

更衣室の扉を締めコートを羽織り、先程出したポーチを鞄の中にしまった。



それと、佐倉さんに渡されたあの香水も。
もし今日佐倉さんに会ったらお返ししよう。



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