「とりあえず俺に愛されとけば?」
佐倉さんの顔を見るのが怖い。コートの裾をきゅっと握る。
どうして私はここに戻って来たんだっけ……。佐倉さんが泣きそうで、不安になって、ああ、香水も返さないと。
取り留めなく、ぐるぐる、ぐるぐる、言いわけみたいな言葉が降ってくる。でも、その言いわけの中でもいちばん陳腐な言葉を選んで音にしてしまった。
顔はそのままで、ちらりと視線だけ佐倉さんに向ける。
「忘れ物はあの、私ではなくて佐倉さんが、」
「俺?」
「寒い」と言いながらスーツのポケットに手を突っ込み、綺麗なお顔を傾げた佐倉さんはまるでスーツのポスター撮影をするモデルさんみたいに絵になっていて次元の違いを突き付けられた。
なんで、こんな人が私のことを思ってくれているのだろう。
冷んやり外の空気は冷たいのに、右手は未だに熱いまま。
「俺がなんだよ」
「佐倉さんが、私の右手に、」
「……」
「……」
「……」
「…………体温を忘れて、いったんですよ……」
「は?」
音にしてからハッとした。違う、違う、違う。そうではなくて。そっちじゃないじゃんか。と後悔。でも、時は戻らない。放った言葉は取り消せない。
「あ、えーと、そうではなくて、あの……」
「……」
しどろもどろになりながら必死で弁解の言葉を探すけれど、テンパった頭はポンコツでしかない。なに言ってるんだろう。