「とりあえず俺に愛されとけば?」
目元に乗せていたタオルを取り、目の前の佐倉さんを見つめる。マグカップを口に運びコーヒーをごくりと飲み込んだ佐倉さんは私の視線に「ん?」と綺麗な形の眉を上げた。
「佐倉さん、本当になにからなにまですみません。人前でみっともなく泣いたのは、高校生の時以来です。目、タオルのおかげですっきりしました」
「へー、じゃあ大人になってからは俺が初めてなわけだ」
「いや、なんか語弊がありますし、その言い方とっても嫌です」
知らない人が聞いたら間違いしかないので、ぜひともやめていただきたい。
伝えたい言葉が上手く出てこなくて、思わず遠回りをしてしまった。でも本当にあんなに泣いたのは高校生の時以来。
て、こんな会話をしている場合ではなくて。
淹れてもらったコーヒーのマグカップを両手でぎゅっと腿の上で握りしめる。思っていたよりも熱くて、その熱のせいで苦手だと思っていた佐倉さんの体温が心地よかったことを思い知らされた。
けれど、そんなことに気がついたところで、
私はいまから、
目の前のこの人を、
傷つける言葉を吐き出すのだ。
こんなによくしてもらってるのに最低な奴だと思う。でも、最低なりに、最低の中の底辺な選択でこの人を傷つけたくはないから。
最低なりの、最善を選ぶ。
マグカップをローテーブルに戻して、鞄の中から佐倉さんにもらった香水をコトっとその隣に置いた。佐倉さんの視線がつられるようにそれを追う。