「とりあえず俺に愛されとけば?」
佐倉さんは黙ったまま。びくともしない。
沈黙が長すぎてあれ、やっぱり私の自惚れだったのかななんて。からかってただけなのにマジレスかよって、思われてるのかな、なんて。
「……そっか」
けれど、落とされたのはとても悲しい声音。眉尻を下げた佐倉さんはまるでスローモーションのようにマグカップに手を伸ばすと再びごくりとコーヒーを飲み込む。
そんな顔をしてほしいわけじゃないのに。結局どちらを選んでも私は彼を傷つけてしまうんだ。
ならせめて嘘だけはつきたくない。私も失恋してるんだから、とりあえず付き合っちゃえばいいじゃん。なんて、そんな傷つけ方はしたくない。
「佐倉さんに、嘘をつきたくないので」
「なずならしいな」
「……?」
「昔となにも変わってない。そういうところが昔から好きだったのかもな」
痛みを知っている、失恋した私が失恋させてしまった罪悪感と、忘れられない“好き”という気持ち。
彼はまた、いまの私越しに、昔の私との思い出を見ている。そして“好き”なんて、私にはもったいない言葉を佐倉さんはまだ口にしてくれる。
けれどその昔の思い出を、教えてもらえないだろうかと、彼の表情を伺いながら恐る恐る問いかけた。