眼鏡をかけていてもキスできますか?
こんなの、知らない。
キスがこんなに、気持ちいいなんて。

「……はぁーっ」

長い口付けが終わり、自分の口から落ちていったため息ともつかない息は、酷く甘かった。

「ほら。
これでも邪魔にならない」

ぼーっと見上げた彼が、自身が濡らした唇をぺろりと舌で舐めた。
それを見て一気に、顔から火を噴く。

「……セ、セクハ、ラ」

言いながらも自信がない。
最初は無理矢理ではあったが、途中から喜びを感じていたのを否定できなかった。

「訴えるなら訴えていいぞ。
ただ俺は、お前だから理由をつけてキスしたかった。
それだけだ」

何事もなかったかのように課長はポスター丸めを再開した。
私も同じように黙ってまた手を動かす。
ドキドキと速い心臓の鼓動が落ち着かない。
課長は狡い。
課長のおかげでもう、私を振った彼は忘れていた。
きっと私の心が課長に傾きかけているのをわかっていて、あんなことを言った。
しかしこのまま、彼の思惑に乗るのは気に入らない。
なら今度は、――私が手玉に取ってみせる。

これは私と谷敷課長の三ヶ月に及んだ攻防戦の、前哨戦の話。


【終】


※これは2021年10月01日メガネの日用に書き下ろしたものです。
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