甘く痺れる恋情~華麗なる御曹司は愛しい運命をもう二度と手放さない~
あのときの私は、兄に声をかけられるまで彼から視線を離せなかった。
けれど、兄から『あの人が神室の皇帝だよ』と聞かされ、一生関わることがない人なんだと思った。


まさかその三十分後に、夜風に当たる旺志さんを見つけることになるとは知らずに。


人目を避けるようにいた彼は、顔色がとても悪かった。
どうやら体調が優れなかったようで、私は咄嗟にハンカチを濡らしに行き、ドリンクを運んでいたウェイターから水をもらった。


それらをおずおずと旺志さんに差し出せば、彼は驚いたように目を小さく見開いたあとで『ありがとう』と受け取った。
そして、パーティーが終わるまでの十五分ほどを一緒に過ごしたのだ。


とはいっても、たいしたことは話していない。


『大丈夫ですか?』とか『誰か呼びましょうか?』とか尋ねた私に、旺志さんの返事は『大丈夫だから誰も呼ばないで』と言うもので。けれど、彼を放っておけず、思わずその場にとどまった。


ほとんど会話がないままに兄からの電話を受けた私は、『大丈夫だから行って』と微笑んでくれた旺志さんを置いていくことしかできなかった。
後ろ髪を引かれるような思いと、戸惑いと心配を残して……。
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