初夜で妻に「君を愛することはない」と言った私は、どうやら妻のことをめちゃくちゃ愛していたらしい

11 結婚休暇11日目:不安と爆発




 上手くいっていたのは最初の三日だけだった。


 私は愛を囁くことに全く慣れなかったし、それに何より……。

 段々と私は不安になってきたので、今この別邸の中で最も冷静な彼を頼ってみることにした。

 もちろん、老執事のジェファソンだ。

「ジェフ。私の作戦は上手くいっているのだろうか」
「上々の効果をあげていると思われます」
「そ、そうか!? ……いや、その。私は何日経っても愛を囁くことに慣れないから、ステファニーは怒っているんじゃなかろうか」
「私はそうは思いませんが、何故そう思われたのですか?」
「……」

 実は、ステファニーの様子がおかしいのである。

 計画実行を始めた最初の頃は、ステファニーも驚くばかりだったし、ともすれば照れたりこちらに怒ってきたりと、それはもう可愛らしい反応ばかりだった。

 しかし最近の彼女は、不慣れな私の様子をカッと目を見開きながら食い入るように見てくるのだ。

 ステファニーは美人で目が大きいので、ギンギンに充血した瞳で見られると正直怖い。いや、もうあれは怒っているんじゃなかろうか。

「若旦那様、それであれば問題ございません。若旦那様の計画がこれ以上ないほど効果を上げている証でございます」
「そ、そうか……?」
「はい」
「あと、今朝も昨日も私の枕が無くなったんだ」
「それも良い傾向でございます」
「……」
「間違いございません」
「……そ、そうか……ジェフが言うならそうなんだろうな。分かった……」

 納得いかない気持ちはあったが、まあ彼がそう言うなら大丈夫なのだろう。

 不安は残るが……。



「ステファニー!」
「えっ、何っ……えええ!?」

 そんな訳で、私は引き続きステファニーを射止めるために行動に出ることにした。

 カフェルームにやってきたステファニーに、私は突撃する様に迫ると、ひょいと彼女を横抱きに抱え上げる。

 そして、彼女を抱えたまま、ソファに座り込んだ。

「な、な、な……!?」
「ステファニー。その、な。し、新婚夫婦は皆、こうして妻を膝の上に乗せて語らうらしい……」
「そんな訳ありませんわ!?」
「ふふっ、ステフは知らないんだな……こうして愛する人を膝に乗せるというのは、溺愛の象徴なんだぞ……」
「誰の入れ知恵ですの!?」

 妹達の差し入れ、『溺愛シリーズ』の知識である。

 目を白黒させている彼女に、私はドッドッと音を立てる心臓を無視しながら、なんとかいい笑顔をみせる。

 そうして引き攣った笑いを浮かべる私を、ステファニーは猛禽類のような顔でガン見していた。

(怖い!)

 い、いや落ち着けマイケル。
 そうやって怖気付いたり逃げたりばかりしていたから、ステファニーが私に愛されていないと言いはじめてしまったのだ。
 ここは踏ん張りどころだ、耐えるのだマイケル!

「……下ろしてくださいまし」
「だ、だめだ。まだノルマが達成できていない!」
「ノルマ!?」
「まだ君の気持ちを射止めるための技を繰り出していないんだ」
「技!?」

 私は慄くステファニーを見つめながら、精神統一をする。

 大丈夫、私ならできるはずだ。
 後一歩、踏み出すのだ。

 私はなけなしの勇気をかき集めて――。


 ステファニーの耳をペロリと舐めた。


「ひゃん!」
「!?」


 唐突な可愛い声に、私は頭が真っ白になる。

 な、なんだ、ステファニーはいつしかに耳をペロペロとか言っていなかったか? 気のせいだったか!?

 彼女が言うなら実践すべきかと思ってやってみたが、思わぬ効果に私は狼狽えていた。

「……っ」
「……!」

 驚きと羞恥で震えながら、私の膝の上でこちらを涙目で上目遣いに見上げてくる彼女は、愛らしく扇情的で――。

 私はあまりに高鳴る胸の鼓動に、どうにかなってしまいそうだった。

 慌てて顔を逸らして手で隠そうとすると、何故かバシッとその手を掴まれてしまった。

「!?」

 ドッドッと心臓が大きく音を立てている。おそらく私は今、非常に情けない顔をしているだろう。頼むから見ないでほしい。なのに彼女は、私の手を掴んだまま、間近で私の顔をじっと見つめている。

「……っ! ス、ステファニー、やめっ……」

 頼りない声で抗議の意を示したが、彼女は食い入るように私の顔に見入っていて、目線を逸らしてくれなかった。

 そこには先程の可愛らしい彼女ではなく、猛禽ステフがいた。

 そして、すぐに切り替えてきた彼女と違い、私はまだ気持ちを振り回されたままだった。なんだか私はそれがたまらなく恥ずかしくて、涙目になりながら恨めしげに彼女を見返す。



 そうしたら、何故か彼女にむちゅーっと唇を奪われた。



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