夏空とヴァンパイア
1偶然
「次、北沢くん」
「はい」
教室。
先生が指すと昴が立ち上がった。
一番うしろの席の晶は昴の背中を見ていた。
昴の後ろ姿はすっきりとした少年の背中で、よく見ると窓から入る風でさらさらの黒髪が一二本靡いていた。
「はい。よく読めてます。次。」
昴は静かに席に付いた。
「もう少し声を大きく。北沢くんを見習ってハキハキ読みましょう」
教科書を見ながら、晶は頭が痛くなってきて、薬を飲んでくれば良かったな、と思いながら、朗読を聞いていた。
キンコンとチャイムが鳴って二十分休みになった。
体に悪いというのに、晶は日射しが好きなヴァンパイアだ。
その日は晴れていたので、教室の裏庭に出た。
何人かの生徒達がふざけ合いながら心地良い風の吹く庭を走っていく。
「ねえ」
呼ばれて、足元だけ見ながら歩いていた晶は、逆に足が縺れて躓いた。
視界ががくっと下がって、べたん、と体が地面にぶつかる。
「何してんの」
呆れた声が後ろから近づいてきて、急に近くなった。
昴が晶の前にしゃがんでいた。
「……花が」
「ああ、花?」
晶は小さな花を避けようとして転んだのだった。
「踏んだって何ともないよ。」
起き上がった晶に、昴が言った。
「お前だったら花の方がまだ強いかもな。」
晶は俯いたまま力無く膝をはたいた。
「学校に来なかったのは何で?ふらふらして、そんなに体が弱いの?」
「……別に」
「それからお前、お礼、言い忘れてるよ。商店街の道路でひかれそうになってた。なんで逃げたんだよ。」
「……」
死にたかった、とは言えない。
晶が地面を見つめていると、昴がいきなり、晶の頭を片手で掴んで、自分の方を向かせた。
「ありがとうございます、でしょ?」
昴は笑顔だ。
晶は情けない気持ちになりながら、しょうがなくありがとうを言った。
放課後、鞄を背負った晶は、とぼとぼと歩いて、いつもの通り古い文房具屋へ寄った。
古い駄菓子屋の様な佇まいのさびれた文房具屋の軒下には、放課後いつも待ち人が居る。
壁に寄りかかっているのは淡い色素の異常な程美しいヴァンパイアの幼なじみ─────琥珀だ。
晶に気づくと、琥珀は透明な小さなボトルを放って寄こした。
「先飲んで」
「琥珀」
「いいから」
晶は琥珀と同じ様に壁に寄りかかって、お茶のボトルに口をつけた。
「いつも通り?」
琥珀が聞いた。
琥珀はいつもクールで、淡々とした喋り方をする。
声も表情も滅多に荒げない。
時々琥珀をお人形の様だ、と評する人も居る。
「うん。」
「そ。僕に何も言わないの?」
「?」
「様子気にしてくれて嬉しいとか。」
「……。」
「ありがとう、でしょ。」
今日はこの手のことばかり言われる気がする。
「ありがとう。」
「ったくもう。……いつも通りなら安心した。じゃあ僕は行くね。」
晶は琥珀の後ろ姿を見送った。
下校する生徒の一団とすれ違ってため息。
笑い合う子供達は皆、晶の悩みとは無縁だ。
歩いていると日差しのせいでまた頭が重くなった。
家に着いて誰も居ない扉を開けると、中は暗くて、晶はこの世に一人ぼっちだと思った。