今日から私は何かに夢中!

いらっしゃいませ!

 創作活動以外に私が夢中になったのは、『接客』というお仕事でした。

 長きにわたる接客で得た『夢中』の経験は、作品に登場するキャラクター達の人格に、大きな影響を与えてくれました。

 全ての経験が、作品の肥やしとなるんですねー。

 学生時代はスーパーのレジや、本屋の(店番)アルバイトをしていました。

 その時、意外と自分が器用に仕事をこなせる(?)事に気づいてしまい、「あ!接客って面白いかもー!」って思っちゃったんですよね。

 雇った側は内心、ため息をついたかもしれません。

「あー……。この子、笑顔だけはいいけど、ぼーっとしていて全然気が利かないんだよねー……ヤレヤレー」

 みたいな感じで。

 じふちゃん『社会』というものを少し、ナメてたんです。

 笑顔で愛想を振りまくのは、得意だったんですけど。

 レジのスピードには自信があったんですけど。
 
 お客様ともすぐ、仲良くなれたんですけどね。

 教えられたことしか、しようとしませんでした。

 本屋の店番をしていて、あまりお客様が入らない時などは、こっそりとレジカウンターの下で、販売前の漫画を読んでいました(!!)。

 夢中で読んでいた私の所業に気づいたお客様が、「その漫画、面白いですかー?」って声をかけてきた時は、ぎょっとしましたね(笑)。

「は、はい!面白いですー!!」

 とお返事しました。
 お客様は笑っていました。

 ……どーいう店員だよ!
 って感じですよね(笑)。

 私を雇ってくれた社長と奥様(美女と野獣のようでした)は、その事に気づいていたらしいですが、クビにはしないで見守ってくださいました。

 なんと優しい方々でしょう。

 百貨店に就職が決まり、本屋のアルバイトは辞めなければならなくなったので、「就職先が決まりましたー」とじふちゃん、社長に報告しました。

 すると社長は本気で心配そうな表情を、私に向けてくれました。

「百貨店?! 君、大丈夫……? そんな厳しい仕事、やっていけるの?!!」

 と言われました。

「はい! 頑張りまーす」

 じふちゃん笑顔。
 世間知らず、怖いものなし。

 入社後。

 老舗百貨店でしたので新入社員研修は厳しく、徹底したものでした。

 ・いらっしゃいませ
 ・こちらでございますか
 ・さようでございますか
 ・かしこまりました
 ・まことに申し訳ございません
 ・また、お越しくださいませ
 ・ありがとうございました

 ↑ この言葉を何度も言いながら、お辞儀の角度などを学びます。謝罪の際は45度のお辞儀です。背筋を丸めてはいけませんでした。

 ロールプレイング形式を使っての、サービスの新入社員教育。かなり何日にもわたり、特訓を重ねました。みんなの前でお客様役と店員役をやり、観てる側も演技する側も学びます。

 お化粧の研修も受けました。百貨店では1階で化粧品を扱っていたので、店内には素晴らしい化粧のプロがたくさんいたんですよ。

 配属される部署が決まるまでの(1か月前後の)仮配属の間は、色んな営業部を2人一組でペアになり、1週間ずつあちこちの売り場で接客の経験をしながら、それぞれ適性チェックをされました。

 私は化粧品売り場、婦人靴売り場などに行きましたが、最終的に配属が決まったのは紳士靴下、肌着、パジャマ、ワイシャツ(オーダーワイシャツ)総合の売り場でした。

 緊張はしていましたが、いずれどうにかなると思っていました。

 なにせ仕事をナメてましたからね。

 お客様ご来店。

「いらっしゃいませ!」
 明るく声を掛けます。

 しばらく店内を見てもらいます。
 すぐに声をかけるのはNGです。

 お客様が顔を上げ、誰かに何かを聞きたそうに、あたりをきょろきょろと見回したときに、はじめて声を掛けます。

「何かお探しですか?」
 と。

「いえ、ただ見てるだけです」

 と言われたら、また自由に店内を見ていただきます。

「これを探しているんです」

 と、欲しいものをおっしゃった場合、一緒に商品を探したりご案内します。

 そんな感じで、接客の経験を積みました。当然、話しかけやすい人もいれば、話しかけづらい人もいます。

 とっつきづらそうな人に声をかけ、「しまった!」と思う事もありましたが、意外と話しやすかったり。

 話している間は温和な雰囲気の女性が、ふとした瞬間にブチキレちゃった場合もあります。選ぶ言葉を、私が間違えてしまったんでしょうね。

 そんな経験を、数えきれないくらい積みました。すると不思議な事に、誰かに声をかけるのなんか、怖くも何とも無くなっちゃいました。

 でも。
 仕事は接客だけではありません。
 当然のことですが。

 それを知った時、思い知りました。

「もっと苦労しておけばよかったー!!」と。

 33人の心強い仲間(同期)と飲みながら愚痴大会したりして支え合いましたが、体力の無い私が一番ヒーヒー言ってた気がします。

 私の教育担当Hさんは、はきはきした体育会系の、小柄な美女でした。

 とってもいい人だったんですけど、マイペースでどんくさい私に、いつも大声で怒鳴っていました。

「じふ子ーーー!!!」
(↑ Hさんがつけた、私のあだ名)

 てな感じで。

「はいぃぃぃぃ!!!」

 と、じふちゃん走って飛んでいく。
 Hさんのもとへ。

 ジャイアンの命令に従わざるを得ない、のび太の心境です。

「じふ子! この客注ダン〇ル靴下100個、明日まで発注しといて!」

「はぃぃぃぃ!」

「じふ子、この用度品、別館の総務部に行って大至急、もらってきて!」

「はいぃぃぃ!」

「じふ子、この伝票、ファイリングしといて!!」

「はぃぃぃぃ!」

「じふ子、外商部のYさんとこ行って、伝票もらってきて! 駆けあーし!!」

「はぃぃぃぃ!」

 それまで自分に足りなかったものをが、ようやくその時分かりました。

 気配り。

 段取り。

 要領の良さ。

 勤勉さ。

 周りを見る大切さ。

 スピード。

 丁寧さ。

 体力。

 この仕事をしていなければ、手に入らなかったものばかりです。

 半年が過ぎ、1年が過ぎました。

 相変わらずじふちゃんは、ゼーゼー走ってましたが、ようやく言われなくても、仕事の優先順位をつけられるようになりました。

 そして。

 短い間に、たくさんの素敵な人との出会いがありました。

 店内にいる33人の仲間(同期)をはじめ、色んな部署の先輩たちや、同じ部署(紳士服)にいる仕事仲間ともすごく、仲良くなりました。

 なによりも。

 来てくれたお客様に、自ら進んで話しかけるのが、とっても楽しくなりました。

 とんでもなく目が回る忙しさで、夕方までランチが取れなくても、セール客でもみくちゃにされても、何とか頑張れました。

 この仕事が、心から楽しいと思えたから。

 Hさんがお産で辞めてしまってから、何年か過ぎて。

 あるお客様から私宛に、感謝状が届きました。

「丁寧に対応してくれて、ありがとうござました」

 って手紙には書いてありました。

 涙が出るくらい嬉しかったのを、今でも覚えています。

 
 人との出会い全てが、私にとって宝物でした。

 今でも、そう思っています。





 

 






 
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