今日から私は何かに夢中!
この人がいないとダメ?
小さい頃の私は「お母さんが死んじゃったら、自分は生きていけない」と思っていた子でした。
今現在は「(たとえ)母が死んじゃったとしても、自分はちゃんと生きていこう」と考えております。
母は北海道で、今も元気に過ごしております。
親との死別はまだ経験しておりませんが、とても悲しいものなのでしょうね。
身を切られたように感じるのでしょうか。
それともショックと悲しみは、後から徐々に襲ってくるのでしょうか。
想像すると…………とても怖いです。
ショックや悲しみと直面するのが怖いから、というわけではありませんが、私は誰かに依存したり執着したりしないように、意識しながら人と接しています。
たとえ大切な家族てあっても。
むしろ大切な家族だからこそ「この人がいないとダメだな」とは、思いたく無いんですよね。
相手の方には相手の方の気持ちがありますので。
依存や執着って無意識に自然と発生しちゃうもので、時々は意識的に相手との距離感を考えておかないと、自分と関わるたびに相手の心に何らかの負担が大きくかかり、最終的にはいい関係を保てなくなってしまう気がするのです。
誰かに頼り過ぎない『強い心』を常に、持ち続けていたいです。
体が弱り過ぎてどうにもならない時だけは、誰かと助け合うしかありませんけれどね。
幼少期に病気ばかりして散々親に苦労をかけたせいで、そう感じてしまうのかも知れません。
自分のせいで誰かの心の自由を奪ったり、窮屈な思いをさせておくのが、たまらなく嫌なんですよね。
これは「ずっと一緒にいるかいないか」という話では無く、あくまでも心の自由に関する問題です。
大好きな『誰か』から勇気や励ましの言葉や力をもらうたびに、感謝を込めて『何かお返しをしたい』という気持ちが大きく膨らみます。
ですが、それは『この人がいないと駄目だな』という気持ちとは、正反対の気持ちです。
少しでも『この人がいないと駄目だな』と感じてしまったら、『この人がいなくても大丈夫な自分』になれるように、その誰かからは意識的に距離を取ると思います。
大好きなので、その人には自由に伸び伸びと、楽しみながら生きて欲しいなと思うからです。
一緒にいてもいなくても、相手も自分も大丈夫。
ずっとそう思えて、心から信頼し合える人を、これからも大切にしていきたいんですね。
人の考えている事を『想像』はできても、完璧に理解するのは難しいですよね。
家族であっても恋人であっても親友であっても、自分との違いって何かしら必ずあると思うんです。
だからこそ相手を思い遣る気持ちや、慈しむ気持ちをきちんと持って、自分が本当に大切にしたいと思える人に対して、丁寧に接する事が大事なのだな、と感じています。
自分とは決してうまが合わない(あるいは一緒にはいられない)人も、この世には数多く存在します。
人付き合いを甘く見過ぎていた若かりし頃、うまが合わない方に近づき過ぎた事がありました。
距離感をこちらが、間違えてしまったんでしょうね。
相手の方とは喧嘩したわけでも何でもありませんでしたが、2度と会えなくなりました。
今思い返してみても、どうするのが正解だったのかはわかりません。
ただ、ひとつわかるのは、私にはその人を、決して救えないという事だけでした。
自分がどんなに仲良くしたいと思っていても、相手もこちらと似たような距離感で「仲良くしたい」と思ってくれていなければ、お付き合いって成立しないものですね。
たまたま意気投合したとしても、それ以上の付き合いをお互いが望まなければ、それきりになってしまう場合もありますし。
どんなに「仲良くなった」とこちらが思っていても、相手の心の傷に触れていた場合、それをこちらが意図していなくても、どんなに寄り添おうとしたところで、迷惑がられてしまう場合もあります。
誰とでも仲良くなるというのは、無理な話なのですよね。
今、このエッセイをお読みいただいている方の中にも、共感していただける方もいらっしゃれば、反発を感じられる方もいらっしゃると思います。
どんな気持ちであっても、私のエッセイに関しては、どしどしコメントをいただけたら幸いです。
踏み込んではいけない部分というのは、誰にでも必ずあると思います。
それをお互いに、付き合っていく中で、感じ取るしか無いのかも知れません。
仲良くなれないと感じた人には、勇気があってもあえて声はかけられません。
逆に。こちらが仲良くなりたいと思える人に出会えたら、私はうんと話しかけようと思っております。
ウザがられない限りは、側にいると思います。
会えてとても嬉しいですし、滅多に無いチャンスだからです。
とにかく一緒にいたいという気持ちを伝えると思います。
見ていたい。
力になりたい。
話したい。
聞きたい。
応援したい。
励ましたい。
私には、それしか出来ません。
人付き合いって「上手く」出来なくても、別にいいと思います。
相手の気持ちは相手にしかわかりませんしね。
付き合いたい人をもし見つけたら、思い切ってご自身の気持ちを伝えてみてはいかがでしょう。
大好きな人と、楽しいお付き合いが出来るといいですね!
今現在は「(たとえ)母が死んじゃったとしても、自分はちゃんと生きていこう」と考えております。
母は北海道で、今も元気に過ごしております。
親との死別はまだ経験しておりませんが、とても悲しいものなのでしょうね。
身を切られたように感じるのでしょうか。
それともショックと悲しみは、後から徐々に襲ってくるのでしょうか。
想像すると…………とても怖いです。
ショックや悲しみと直面するのが怖いから、というわけではありませんが、私は誰かに依存したり執着したりしないように、意識しながら人と接しています。
たとえ大切な家族てあっても。
むしろ大切な家族だからこそ「この人がいないとダメだな」とは、思いたく無いんですよね。
相手の方には相手の方の気持ちがありますので。
依存や執着って無意識に自然と発生しちゃうもので、時々は意識的に相手との距離感を考えておかないと、自分と関わるたびに相手の心に何らかの負担が大きくかかり、最終的にはいい関係を保てなくなってしまう気がするのです。
誰かに頼り過ぎない『強い心』を常に、持ち続けていたいです。
体が弱り過ぎてどうにもならない時だけは、誰かと助け合うしかありませんけれどね。
幼少期に病気ばかりして散々親に苦労をかけたせいで、そう感じてしまうのかも知れません。
自分のせいで誰かの心の自由を奪ったり、窮屈な思いをさせておくのが、たまらなく嫌なんですよね。
これは「ずっと一緒にいるかいないか」という話では無く、あくまでも心の自由に関する問題です。
大好きな『誰か』から勇気や励ましの言葉や力をもらうたびに、感謝を込めて『何かお返しをしたい』という気持ちが大きく膨らみます。
ですが、それは『この人がいないと駄目だな』という気持ちとは、正反対の気持ちです。
少しでも『この人がいないと駄目だな』と感じてしまったら、『この人がいなくても大丈夫な自分』になれるように、その誰かからは意識的に距離を取ると思います。
大好きなので、その人には自由に伸び伸びと、楽しみながら生きて欲しいなと思うからです。
一緒にいてもいなくても、相手も自分も大丈夫。
ずっとそう思えて、心から信頼し合える人を、これからも大切にしていきたいんですね。
人の考えている事を『想像』はできても、完璧に理解するのは難しいですよね。
家族であっても恋人であっても親友であっても、自分との違いって何かしら必ずあると思うんです。
だからこそ相手を思い遣る気持ちや、慈しむ気持ちをきちんと持って、自分が本当に大切にしたいと思える人に対して、丁寧に接する事が大事なのだな、と感じています。
自分とは決してうまが合わない(あるいは一緒にはいられない)人も、この世には数多く存在します。
人付き合いを甘く見過ぎていた若かりし頃、うまが合わない方に近づき過ぎた事がありました。
距離感をこちらが、間違えてしまったんでしょうね。
相手の方とは喧嘩したわけでも何でもありませんでしたが、2度と会えなくなりました。
今思い返してみても、どうするのが正解だったのかはわかりません。
ただ、ひとつわかるのは、私にはその人を、決して救えないという事だけでした。
自分がどんなに仲良くしたいと思っていても、相手もこちらと似たような距離感で「仲良くしたい」と思ってくれていなければ、お付き合いって成立しないものですね。
たまたま意気投合したとしても、それ以上の付き合いをお互いが望まなければ、それきりになってしまう場合もありますし。
どんなに「仲良くなった」とこちらが思っていても、相手の心の傷に触れていた場合、それをこちらが意図していなくても、どんなに寄り添おうとしたところで、迷惑がられてしまう場合もあります。
誰とでも仲良くなるというのは、無理な話なのですよね。
今、このエッセイをお読みいただいている方の中にも、共感していただける方もいらっしゃれば、反発を感じられる方もいらっしゃると思います。
どんな気持ちであっても、私のエッセイに関しては、どしどしコメントをいただけたら幸いです。
踏み込んではいけない部分というのは、誰にでも必ずあると思います。
それをお互いに、付き合っていく中で、感じ取るしか無いのかも知れません。
仲良くなれないと感じた人には、勇気があってもあえて声はかけられません。
逆に。こちらが仲良くなりたいと思える人に出会えたら、私はうんと話しかけようと思っております。
ウザがられない限りは、側にいると思います。
会えてとても嬉しいですし、滅多に無いチャンスだからです。
とにかく一緒にいたいという気持ちを伝えると思います。
見ていたい。
力になりたい。
話したい。
聞きたい。
応援したい。
励ましたい。
私には、それしか出来ません。
人付き合いって「上手く」出来なくても、別にいいと思います。
相手の気持ちは相手にしかわかりませんしね。
付き合いたい人をもし見つけたら、思い切ってご自身の気持ちを伝えてみてはいかがでしょう。
大好きな人と、楽しいお付き合いが出来るといいですね!