真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「息子と同じ文官、けれど唯一の立場についていらっしゃる女性とは、一体どのような方なのかしらと思っていたの」


思わず首元に手を遣る。滑らかな布の感触に、すぐさま手を下ろした。


……今日は、真珠の首飾りも、耳飾りも、ましてや金の薔薇のブローチもない。

お仕着せではないから、襟元に紋章の刺繍もされていない。

失礼のないよう流行りの形に結い上げてはいるけれど、薔薇のシニヨンでもない。


偶然を装ってきたために、いつものお守りが、ない。


……陛下。わたし、あなたのために頑張りますから、どうかお力を貸してください。心の拠り所をください。


挙動不審なこちらを心配してか、メルバーン卿がちらりと目線を寄越した。


ありがとう存じます、でも大丈夫です。たくさんお膳立てしてもらったんだもの、ひとりで頑張るわ。


「お願いのお手紙をくださったでしょう。季節の挨拶からして綺麗だったわ。さすがうつくしいお手紙ねと、我が家で持ちきりだったのよ」

「身に余るお言葉です」

「あのインクはどちらのものなの? ときおり色が変わってうつくしかったわ」


にこにこと話題を振ってくれる夫人は、決して自分から花の話をしない。


花など、由緒ある貴族家ではありふれている。いざとなったら「花園をご覧になる?」とでも振ってくれるのだと思うけれど、多分試されている。


陛下の薔薇として。また、ご子息と同じ、文官として。


こちらがどのように切り出すか。

よしんば一株譲るとして、大切な思い出の花を、わたしに選ばせてもよいものか。
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