真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
いくら陛下のご希望でも、不快な者には触らせたくないだろう。


「我が家でも大切な花だから」とか、「陛下に差し上げるのなら、育ててきた者の責任として、腕によりをかけるわ。こちらでよいものを選ばせてちょうだい」とか言えば、夫人自ら選ぶ理由になり得る。


わたしには、花が萎れているかどうかは分かる。

でも、花園に入れてもらえなければ、手渡されたそれが公爵家の所有している中でよいものかは分からない。

花の状態が悪ければこちらが別の手を打つだけで、夫人としては、他にあるよいものを隠したまま、悪い品質のものを「やはり気候の違いでなかなかうまく育たなくて」と渡すことも可能なのだ。


ぬか喜びさせては申し訳が立たないので、陛下にはまだお話していないから、公爵家の威信も傷つかない。


……わたし、よいお花を譲ってもよいと思っていただけるように、頑張るわ。


ここが気合いの入れどころ。意識して、背筋を伸ばす。


「ありがとう存じます。インクは、川の多い小国から取り寄せました」

「まあ、川の多い小国から」


説明を求めるような復唱に、一度唇を結んでから、ゆっくり息を吸った。


「はい。川には橋を架けるものです」


もう一度、唇を結ぶ。意識して真顔をつくる。


「古来より、隣地に赴く人々は、よりよい未来を願って橋を架けてまいりました。そして今、あのインクは、わたくしと公爵夫人の間に、ひとつ橋を架けてくれたと思っております」

「ええ」


穏やかな相槌は確かに肯定の形をしていて、ほっと胸を撫で下ろす。


あの深緑とも黒ともつかないインクで(したた)めた手紙のおかげで、こうして公爵家にあげてもらった。


「叶うことなら、わたくしは陛下の薔薇として、陛下とそのご友人に橋を架けるお手伝いをも、させていただきたいと願っております」
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