真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「母が、あんなに喜んでいるのを初めて見たよ」


公爵家を辞した帰りの馬車で、向かいに座るメルバーン卿が苦笑した。


「メルバーン卿がうまく執りなしてくださったからですわ」 


メルバーン卿は、自分の生家にあって、ほとんど話さなかった。


わたしに無闇に助け舟を出せば、わたしの努力が水の泡。お母さまたる公爵夫人の批判に繋がりかねない。


「私は何もしていないよ。全てきみの実力によるものだ」

「あら、ときおり助けていただいたように記憶しておりますけれど」

「そうだったかな」

「そうでしたわ」


二度、背中に触れられた。


あくまで支えるようにさりげない触れ方だったけれど、おかげで動くタイミングが分かったこと、緊張が紛れたことは確かだった。


死地と思うほどの見知らぬ場所で、達成困難なお願いに挑むとき、知り合いが一人いるだけで、随分感じ方が違うものなのね。

何かがあったときに備えてそばにいてくれただけで、充分心強かったわ。
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