真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
公爵邸の中に入ると、遠くでバイオリンの音色が細く長く、優雅に響いていた。


作曲者が、身分差のある自分の妻に求婚する際に贈ったという、うつくしい曲。

バイオリンの豊かで繊細な響きがよく映える、バイオリン一(ちょう)だけでものびのびとした、きれいな旋律。


「ご子息ですか?」

「ええ、そうなの。あの子ったら……」


いかに麗しのメルバーン卿といえども、御母堂の前では形なし。かのウィリアム・メルバーン公爵令息をあの子と呼ぶなど、ご家族以外には到底できない。


メルバーン公爵家で、メルバーン卿と普段通りに呼ぶとわけが分からなくなってしまう。


ウィリアムの呼び方なんて、ウィルでもリアムでもなんでもいいのよ、とアレクサンドラさまはおっしゃる。

メルバーン卿本人も、ウィルでもウィリアムでもいい、とおっしゃるのだけれど、そういうわけにはいかない。


メルバーン公爵家で過ごす間は、メルバーン卿ではなく、ご子息などと呼んで区別をつけている。


メルバーン卿は「なぜ母は『アレクサンドラさま』で、私は『ご子息』なんだ」と言い募っていたけれど、そんなの決まっている。

この大変目立つ同僚を、もしウィリアムさまなどと職場で呼び間違ったら面倒だからである。


本人が望むようにウィルと呼ぼうものなら、たちまち大嵐が吹き荒れる。嫌すぎる。
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