真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「あの曲は、作曲家が求婚の際に弾いたと習いましたわ」

「よくご存知で。させてくれるということかな」

「あら、いやだわ。あなたはわたしのことをよくご存知だと思っておりました。音楽も素敵だけれど、わたしは文官ですよ。わたしは言葉がほしいのです」


怪訝な顔をしたメルバーン卿に、上質な紙を足元の袋から取り出して見せる。


「ですので、文官なわたしは言葉のお礼を持って参りましたわ」

「……あの詩かい」

「ええ」


確かに先日、わたしは今度詩を持ってくるとは言わなかった。

でも、お母さまにお礼を渡すときに、ご子息にも同じくお礼を渡すことくらい、普段のこの人なら連想すると思う。


頼まれていたものを持ってきたのに、渡したい相手であるメルバーン卿が楽しく遊んでいて約束の時間に遅れ、さっぱり渡せなかったのだ。皮肉のひとつも言いたくなる。


その遊びが色でなく音楽であるのは、普段好きなものですら演奏できない窮屈な職場環境が伺えて、同情もするのだけれど。


「……それは。たいへんお待たせして申し訳なかった」

「ほんとうよ、せっかくジュディスさんが素敵に書いてくださったに違いないのに」


やはりアレクサンドラさまがぷりぷり怒っている。可愛らしい。


なぜアレクサンドラさまがお怒りなのかというと、メルバーン卿がこちらを待たせた格好になるうえ、今日のわたしの服装やら何やらを褒めていないからだと思うわ。
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