真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「わたくしは、つまらないことであなたを失うわけにはいかないのよ」

「もちろん存じておりますわ、陛下」


お心遣いありがとう存じます。わたしの願いは陛下のおそばにございます。


「わたしもこれきり関わりたくないものですから、無理をお願いしてしまって。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


わたしは執着しているわけではない。過去とは決別したし、あの頃を懐かしんでいるわけでもないし、早く終わらせたいだけなのだと伝えたくて言葉を選んだ。


陛下はこちらを見つめ、変わらず微笑むわたしにひとつ嘆息し、扇子で口元を隠した。


「どうしてあのような……」


続きは、どうしてあのような男と結婚させたのか、でしょうね。


「娘にひもじい思いをさせぬため。日々の糊口を凌ぐためにございますわ」

「それは、そうでしょうけれど……」

「あの人とわたしの婚姻は、あの頃のわたしどもの精一杯、最上の選択でした」


陛下は唇を結んだ。


政略結婚が一番身近なお方よ。分からないはずがない。

それでも夢見るような言葉をこぼしてしまったのは、それだけわたしを買ってくださっているという証でもある。


「陛下。わたしは、先駆けに」


わたしはあの人に言い負かされない。無理を押しつけられない。あなたのおそばに控え、前を向いて進む。


「ええ。きっと。きっとよ」


たおやかな両手が、祈るようにわたしの両手に触れた。インク染みのある指をそっとなぞって、重なる。


「はい。きっと」


背筋をしゃんと伸ばして、女王の執務室を辞した。
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