真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
身なりを整えて部屋に向かう。一分(いちぶ)の隙も見せてはいけない。


扉を開けた途端、元夫は挨拶もなく立ち上がり、勝手をしたこちらを強く責め、いかに自分が恥ずかしい思いをしたか、近所でなんと言われているかを一息に話した。


こちらに否定も肯定もさせない、相槌を打たせない話し方。変わっていないわね。


「おれは心が広い。おまえのことを許そう。だから戻ってこい、ジュディス」


いまの言葉で誰が戻るというの。そもそも、陛下のご署名をいただくような事態にしておいて、戻るわけがないじゃないの。


「……あなたは昔から、文字を読むことを(いと)うひとだったわね」


開けたままの扉から、ゆっくりと中に入る。こちらの装いを認めて目を細めると、男は鼻を鳴らした。


「なんだその真珠は。どこぞの貴族の後妻にでもなったか」

「いいえ。いただきものです」

「その似合わん派手な髪はどうした。まったく、少し目を離すとこれだから」


ぶつぶつ言っているのを聞かないようにする。


そうよね、庶民が真珠など買えるはずがない。王城勤めでも普通は買えないわね。だから後妻。単純な考えだわ。

……嘆願書を書いたのに、わたしのことは相変わらず、なあんにも知らないのね。


このひとは、体裁が大事。妻であれば誰でもよい。

わたしでなくても構わないのだから放っておいてくれればいいのに、従順なはずの妻がいなくなり、自分に従わないことに腹を立てているだけなのだ。
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