真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
ざっと目を通した嘆願書は、確かに目の前の男の字で綴られていた。


少し右上がりで、筆記具の扱いが拙いせいでセリフが歪んだ、癖のある字。走り書きだともっとひどい。

丁寧に書いたのだろう嘆願書は、形式を押さえてはいるものの、悪筆で読みにくいものだった。


もちろん、文字を書くことができているだけでも、世間では充分すごいこと。働き口が広がるわ。


その教養を頼りに、かつて父はこの人を信頼し、嫌がる娘を説得し、頻繁に家に上げ、わたしの相手を任せたのよ。

けれど、性格に難がありすぎてか、結局この人は出世しなかった。


わたしは日々の暮らしに困り、喘ぐような毎日を重ねた。

あのときの最上の選択は、後から振り返れば最上ではなかった。


……よくあることよ。


「おまえは学がない。字を書く分少しはよいかもしれないが、家のことをきちんとするのが一番いい。他に役立つ仕事があるはずだ」

「今の仕事が一番貢献できる仕事です。あなたはご存知ないのかもしれませんけれど、わたし、陛下に仕事をお認めいただきましたの」


他人行儀な敬語を意識する。実際他人だわ。この人と同じところに堕ちることはない。学のなさも、陛下のおかげで少しは改善したものね。


「仕事だと?」


眉をひそめたところで、ノックが響いた。開け放した入り口に、メルバーン卿が立っている。
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