真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「離婚届の字をご覧になりましたか。あれは依頼して書いていただいたのではなく、わたしが書いた字です」


あの好きになれない家で、わたしは窓辺で書き物をした。このひとに似せた、悪筆で。

そうしないと、金銭を得られるレベルで読み書きができると広められ、お金に釣られて、おかしな書類の作成を勝手に引き受けて来そうだったので。


だからこの人は、わたしの読み書きがどの程度なのか、最後まで知らなかった。

それゆえに、わたしがお世話になった夫人のお手伝いをすることを、仕事とは認めなかったのかもしれない。


今となってはそう思う。


「わたしはありがたくも陛下の書簡卿を拝命しました。陛下にお認めいただいたわたしの字と学が、なんですって?」


周りにいるのは貴族ばかり。よくしてくださった夫人は、ご自身の字もお綺麗で、お嬢さまにもよい先生をつけていた。


わたしはずっと、うつくしい字を見てきたのよ。


手本がよくて、わたしも必死に練習していて、貴族に見せるのに恥ずかしくない字を書いたから気に入られたのに、どうして癖字なんて書くと思うんでしょうね。


ぎり、と口を歪めた男に、メルバーン卿が金の盆を差し出した。


「書簡卿の字は、それはもう、お手本のようにうつくしいと評判ですよ。……こちらは陛下の御下知です。ご署名なさいますね?」
< 132 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop