真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
これ以上は捕縛も辞さない、というメルバーン卿の強気の言い換えを、元夫はさすがに正確に読み取ったらしい。何も言わずにこちらを睨みつけている。


メルバーン卿はわたしの前に進み出て部屋の中央に向かい、自分とは反対にわたしを戸口に遠ざけてから、卓上に書類を広げてみせた。


準備よく渡されたペンは上等なもので、扱う人によってはうつくしい字を紡ぐように見える。


けれど、書類の一番下には、やはり悪筆でウィリアム・カイムと署名が書き加えられた。


メルバーン卿は、もう、王城にも、プリムローズ家の親類を含む誰にも近づかないという念書を書かせると、男を衛兵に引き渡した。


「この者を無事に城外まで送り届けたら、念書を持って陛下にご報告してほしい」

「かしこまりました」


いまだ騒ぐ声と、それをかき消すようにガチャガチャ金属音を響かせる物々しい衛兵の後ろ姿が完全に見えなくなってから、メルバーン卿が吐息とともに盆を抱え直す。


こういうところが、この方の育ちゆえの品格なのだ。


メルバーン卿は、思慮深く慎重で、打てば響くひと。自分のたったひとつの身ぶり手ぶりが、誰かにとって、容易になんらかの不利益をもたらすと知っている。


元々よくは見えなかったけれど、こうしてきちんとした人が大勢周囲にいる環境では、あのひとの浅慮がよりはっきりと浮き彫りになる。


そばに駆け寄って、頭を下げる。


「メルバーン卿、この度はたいへんご迷惑をおかけして、」

「ジュディス文官。あなたが分別のある方であることは、論を()ちません」


珍しく穏やかに遮ったメルバーン卿は、整えた口調のまま、こちらを見ずに口を開いた。


「少し話をしたいのですが、よろしいですか」

「はい」

「ありがとうございます。では、部屋を変えましょう」

「はい。わたしの執務室においでください」
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