真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「あの男は別段、背は高くない」

「ええ」

「鍛えてもいない。充分な食事を摂っているようには見えない」

「ええ」

「言葉は強いが、振りかざす身分を持っているわけでもない」


世の中に明るくない、取るに足らない人物……と言うと、かつて彼に縁があったきみを、貶めているように聞こえるかもしれないが。


「私には、ただの老いた男に見える。きみの脅威には思われない」

「そうでしょうか」

「そうだとも。きみが、あの男をそれほど恐れるのは、なぜなんだ」


私と話してくれるのだから、年上の男がみな怖いわけでもあるまい。


メルバーン卿があくまで純粋な疑問を口にした様子で、あんまりあの人を冷静に分析しているので、わたしも努めて冷静に言葉を選ぶ。誤魔化しは言いたくなかった。


「あの人の近くで過ごした数年、わたしはいつも危険と悪意に晒され、いろいろを守るために必死でした」

「……危険だと?」


訝しむ眼差しに耐えられなくて、ティーカップに視線を落とす。


「わたしには、小さな机がございます」

「ああ」


窓際に置いた大きな机のそば、苦い思い出とともにある十角形の小机を、そっと見遣る。


メルバーン卿も一緒にそちらを見た気配がした。


「わたしの居場所はなくてよいと言う人、どんなに願ってもたったあれだけしか許さない人が、果たして妻をどのように扱うか、ご想像がつくかと思いますわ」


メルバーン卿が、静かにティーカップを置いた。


「……やはり、きみ一人で対応するのは危なかったのではないか?」

「ええ」


にじんだ諦めを隠さずに頷く。


多少危なくても、いつ来るか分からないよりはマシだわ。いつも怯えていては、心が休まる暇がない。騒ぎが大きくならない方がいいもの。
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