真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「メルバーン卿は、怖くありませんわ」

「それは、私が文官だから?」


文官という二文字には、同僚だからとか、戦闘に向いていないからだとかの意味が含まれると思われた。


「いいえ。あなたの言動を信頼しているからです」


メルバーン卿が怖くない理由は、外見でも職業でもない。


この人の所作や言葉は、よく選ばれている。メルバーン卿がメルバーン卿たる所以である。


「申し訳ないが、私はその信頼に値する気がしない」


困った顔のまま、メルバーン卿が流麗な眉を下げた。


「そう、なのですか?」

「そうだとも」


くしゃりと苦笑するのでさえ、この人はうつくしい。


「正直に言って、私はきみを、堂々と守る権利が欲しい」


真っ直ぐなヘイゼルから、目が逸らせなかった。


すごいことを、言われている。わたしの勘違いでは済まないようなことを。


「だがそれは私の我がままで、つい先ほど苦手な相手に苦労させられたばかりのきみに言うことではないな。今言うことでもなかった。……すまない」


深く下がった頭頂部を見ながら、この人は欲しいものを言うとき、目を見るんだわ、と思った。


きっと、目を見てはっきりと願うように教えたのだろう、公爵家の教育を思った。

大抵のことは、願えば叶ってしまう身分を思った。

そんな権力を振りかざさないように慎重になるこのうつくしい人の、根の真面目さを思った。


『ジュディス。きみの手紙が欲しい』

『もし叶うなら、きみの文字で、詩が欲しい』


この真摯な人には、誠実でありたいと思った。
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