真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「きみは、毎夜あんなふうに仕事をしているんだな」

「ええ。とても楽しい仕事ですよ。陛下はたいへんいじらしく、可愛らしい方ですわ」

「可愛らしいお人柄なのは分かるんだが……こう、なんというか、陛下はよい性格をしていらっしゃる」

「そうですねえ、お茶目な方であるとは思いますわ。巻き込んでしまって申し訳ありません」

「いや、新鮮な体験だったよ」


コツ、コツ、と靴音を鳴らしながら、影を重ね、他愛のない話をした。


私室に戻りたい気持ちと、もう少し話をしていたい気持ちが混ざって、足が遅くなる。


メルバーン卿はこちらの遅々とした歩みに何も言わず、軽口を返しながらゆっくり歩いてくれた。


それでも距離は決まっていて、終わりが来る。たどり着いた私室の前で、手短によい夜を願われては、うまく引き留められない。


「ええ、よい夜を。今日はほんとうに、何から何までお付き合いいただいて……」

「いや、こちらの勝手なのだから、どうか気にしないでほしい。目新しいことばかりで新鮮だったよ」

「わたしも、おかげさまで楽しく過ごせましたわ。よろしければ、もう少しご一緒したいくらい」


努めて明るく言ったのに、静寂が横たわる。探るような視線を寄越したメルバーン卿が、優しい微笑みを消した。
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