真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「私たちは今、互いによい夜を願ったばかりだと思ったが」

「ええ、その通りですわ。わたしもよい夜を願いました」


こちらは節度を守って別れの挨拶をしただろう、と言外に言われている。


メルバーン卿はあくまで紳士的に暗い中を送り届けてくれ、話題を振って話を盛り上げてくれ、手短に別れの挨拶を済ませてくれた。


それを棒に振ろうとしているのは、わたし。


分かっている。甘えているのは、わたし。


「でも、このよい夜がもう少し続けばいいのにと、思いましたの」


じ、とこちらを見つめるヘイゼルを、見つめ返す。


「いけないでしょうか……」

「……いけなくは、ないよ。きみは、こんなときまで言葉選びがうまいんだな」

「あなたにだからですわ、メルバーン卿」

「ほら、そういうところだ」


きみは、切なく誘っておきながら、こちらを家名で呼ぶ。


ずるいなあ、と吐息混じりに呟いたメルバーン卿は、一度目を伏せて、再び優しく笑った。


「一度だけでいい。ウィリアムと、言ってくれないか」

「ウィリアムさま。お時間をいただけませんか」


高い位置にある広い肩が、大きく上下した。


「……きみが望むなら、いくらでも」
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