真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「……どうして、お分かりになりましたの」

「怖い思いをしたら、眠れなくなるのは当然だよ」


メルバーン卿の優しい眼差しが、わたしの両手に向けられる。あの人が見えなくなってからもずっと、かたかたと小さく震える手に。

陛下もメルバーン卿も、何も言わないでくれたけれど。


「大変だったな」


優しい声音でもうだめだった。はい、と頷こうとしたのに、たった二文字が掠れた。


「い、いま優しくしてもらったらだめです」


泣きそうになりながら必死に言い募ったのに、「だめと言われても」とメルバーン卿は穏やかに笑っている。きみが引き留めたのに、とでも言いたげである。


「お望みなら、すぐにでもお暇しよう」

「いえお願いします、どうかこのまま」


メルバーン卿は、「一体どちらなんだ」と笑いこそすれ、穏やかで律儀な距離を保っている。

二人きりで部屋にいても、何もしないでくれる。


……あのひととは、ちがう。


「お暇しようと即答してくれる、あなたのような方もいらっしゃる──そう、わたしの夜を、上書きしてくださいませんか」


ヘイゼルが丸くなる。ため息を飲み込んだメルバーン卿は、節の高い指でくしゃりと髪を崩した。


「私でよければ、喜んで」
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