真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
わたしには戦が分からないわ。だから、(まつりごと)の是非は問えない。


ただひとつ確かなことは、陛下がよいお方であるということ。

わたしは、この方を国の頂点に戴いていたいということ。


わたしが書簡文集で草花を取り入れたのには、理由がある。

そうするのがしとやかでよいということ、定石であること、そして、言祝(ことほ)ぎであることから。


自然のうつくしさを言祝げば、そのまま、時代を統べる王族を言祝ぐことに繋がる。うつくしい世界を讃えることは、為政者の善政を讃えることに他ならない。


本来、書簡文集は勅命で、その編纂は国家を挙げての事業になってもおかしくない。


編纂に向けて部署を作らず、わたしが主になったのは、わたしが作る方が、陛下の意向に沿っていると思ったから。


女性に認められた文筆のうち、翻訳も日記も、女王陛下を讃えるにはふさわしくない。献辞や弔辞はなおさら。

けれど書簡であれば、季節の挨拶を書くのは当たり前で、自然のうつくしさを喜んでもおかしくない。


書簡文集は、わが国の方向を定め、ひとつ、確実に前に進めてくれた。


伝記の編纂は代々、王室の名をもって記録する国家事業である。ふたつめの仕事は、歴史に名を残すほど大きい。


わたしには、わたしの戴く女王を紐解く理由と、資格と、道具と、能力がある。あのまばゆい(いかずち)を、この涼やかな風を、後世に残す。


わたしは陛下の薔薇、陛下の真珠、陛下の書簡卿。一代限りのプリムローズ。


──あなたは、先駆けに。
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