真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
夜、ばたりと廊下で会ったメルバーン卿が、こちらの手の震えを見てとって、心配そうに眉根を寄せた。
「ジュディス文官? 大丈夫か、なにか思い出すようなことでもあったのか」
元夫とか、カイムとかの言葉を抜いてくれたのは、メルバーン卿の優しさゆえ。
すぐにでも足をひるがえそうとする高い背を引き留める。この手の震えは、暗い怯えからではない。
「いえ、これは……これは、嬉しいことがあったのです」
拙い言い回しに、今は言えないと、それだけで察した。
おそらく言えない理由は国がらみであると分かっている。
わたしの仕事は書簡卿で、わたしが言えない内容など、陛下関連しかない。
聡いメルバーン卿が、よかったな、と笑った。
「きみにも手が震えることが、あるんだな」
「ええ、もちろんございますわ」
メルバーン卿は、わたしが暗い夜を思い出して震えたところを見たことがある。
だから心配をかけてしまったけれど、責任と興奮に震えることを、楽しげに受け止められるとは思わなかったわ。
「武者震いというわけだ」
「ええ。ここは、わたしの戦場ですもの」
わたしはこれから、この城で、陛下のために、世界を相手取って戦うの。
そうか、とやはり穏やかに頷いたメルバーン卿が、隣に並んだ。部屋まで送ってくれるらしかった。
「わたしは、この国がどちらかといえば好きです」
よいところばかりではありませんが、陛下を戴くこの国は、明るい未来に向かっていると確信しています。
「それを、書き留めたいのです」
「陛下のために?」
「ええ。そして、この国に暮らすわたしたちのために」
「ジュディス文官? 大丈夫か、なにか思い出すようなことでもあったのか」
元夫とか、カイムとかの言葉を抜いてくれたのは、メルバーン卿の優しさゆえ。
すぐにでも足をひるがえそうとする高い背を引き留める。この手の震えは、暗い怯えからではない。
「いえ、これは……これは、嬉しいことがあったのです」
拙い言い回しに、今は言えないと、それだけで察した。
おそらく言えない理由は国がらみであると分かっている。
わたしの仕事は書簡卿で、わたしが言えない内容など、陛下関連しかない。
聡いメルバーン卿が、よかったな、と笑った。
「きみにも手が震えることが、あるんだな」
「ええ、もちろんございますわ」
メルバーン卿は、わたしが暗い夜を思い出して震えたところを見たことがある。
だから心配をかけてしまったけれど、責任と興奮に震えることを、楽しげに受け止められるとは思わなかったわ。
「武者震いというわけだ」
「ええ。ここは、わたしの戦場ですもの」
わたしはこれから、この城で、陛下のために、世界を相手取って戦うの。
そうか、とやはり穏やかに頷いたメルバーン卿が、隣に並んだ。部屋まで送ってくれるらしかった。
「わたしは、この国がどちらかといえば好きです」
よいところばかりではありませんが、陛下を戴くこの国は、明るい未来に向かっていると確信しています。
「それを、書き留めたいのです」
「陛下のために?」
「ええ。そして、この国に暮らすわたしたちのために」