真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
着飾らせてもらうのはありがたいし、仕事は楽しいし、とてもよくしていただいているのだけれど、ひとつ、引っかかることがある。


「よいお天気ですね」


侍女たちにあれこれと世話を焼かれて着替えた後、自室に移動する途中で、少し離れたところから声が掛かった。


その声の持ち主は、振り向かなくても分かる。受け流し、何事もなかったかのように、ひたすら前を向く。


「手厳しいですね、薔薇のきみ。話題として、天気はありきたりすぎて返事をする気にもならないということですか」

「…………」


ざくざく早歩きをしているわたしの速度に、のんびり大股で並ぶ長い足。

低く深い声。陽に透ける薄茶の髪と、ヘイゼルの瞳。


ウィリアム・メルバーン──女王の文官である。


女王の文官は多数おり、細かく分業されていて、文官の中では、わたしは手紙担当に当たる。

メルバーン卿は、確か法律関連の書類を扱っている。


若いながら仕事ぶりは有能で、女王の覚えもめでたく、造作も悪くない。

というか、たいへんきれいなものだから、女性人気が高いらしい。


彼が通るたび、きゃあきゃあという黄色い声が、そこかしこから密かに聞こえる。


「薔薇のきみ」

「…………」


呼びかけに答えず、早足を続ける。


わたしはこのうつくしい男が、どうにも好きになれなかった。
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