真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「おや、やっとこちらを見てくれましたね」

「……城の一部とはいえ、こちらから先はわたしの私室です。ご遠慮願えますか、メルバーン卿」


卿。そう、卿。貴族なのである。


女王の文官はみな、文官という一代限りの低い爵位を賜るので、揃って貴族になる。

今やわたしも、文官の端くれとして爵位を賜っている。


だから仕事の上では同じなのだけれど、家名の力が違う。


メルバーン卿は公爵子息で、メルバーンという家名だけで大抵の者がかしずく権威を持っている。

もちろん、わたしもその例にもれず、きちんとかしずかなくてはいけないのが、少し口惜しいわ。


「私室なのは分かっていますとも。ですからこうして、外で話しかけているではありませんか」

「……ご配慮ありがとう存じます。何かご用でしょうか」


お声がけしている、ではないのね。階級だけでなく、複雑な人間関係でこまやかにいろいろを変える習慣が染みついた言葉選びだわ。


慇懃にカーテシーをすると、笑う気配がした。


カーテシーのくせに淑やかでないカーテシーなど、初めて見たと言わんばかりだった。


「あなたに代筆を頼みたいのです」

「申し訳ありませんが、わたしでは力不足と存じます。お許しくださいませ」


女王という例外を除けば、男性の字の方が、男性の文章の方が、何事もうまくいく。

わざわざわたしに代筆を頼む意味がない。


「では、言い直しましょう。女性の意見を聞きたいと思っています。ぜひ、薔薇のきみと名高いあなたにお願いしたいのです」

「お褒めの言葉、たいへん嬉しく頂戴いたします。ですが、どうぞその誉れは他の文官のみなさまに」


意見を聞きたいだなんて、つまりは難癖じゃないの。


何か意見を言わせて恥をかかせようということだわ。なんてこと。
< 20 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop