真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「あなたが思慮深いのは分かっています。もちろん私は外でも構いません」

「……ありがとう存じます」


お礼が遅れた。


思慮深いと言われるとは思わなかった。

わたしを薔薇のきみと呼んでいるのは、女のくせに書き物をして、という揶揄をこめてのことだって、明らかだもの。


「ですが、深い話をするのに、わたしには私室しかありませんわ」

「共用の執務室以外だと、あなたの私室の方が、私の私室よりはまだよいでしょうね」


それはその通りである。貴族男性の私室に招かれるなど、まして相手がメルバーン卿だなどと、考えたくもない。


眉をひそめると、メルバーン卿は言葉を選ぶように口を開け閉めした。


「……ひとつ忠告しておくと、そういうときは深い話だとか、個人的な話だとか言ってはいけません。あなたから誘ったと思われますよ」

「なん、ですって。不勉強で申し訳ありません、そんなつもりでは」


慌てて頭を下げる。自分からやってしまったとあってはなんともしようがない。


がばりと目線を下げた先、まだ扉に挟まっている大きな靴が目に入った。


この状況では、指摘するのも謝るのも、あまりに間が抜けている。


開かれないように力を込めていた手を緩めてみると、メルバーン卿は足先をどけた。


それ以上無理に扉を開けたり、中に押し入ろうとしたりはしなかった。
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