真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
メルバーン卿、と一呼吸置いて呼びかけたわたしの声は、望んだ通りに凪いでいた。


「陛下はわたしを、幾度か、お褒めくださったことがあります」


あなたが二百年後に生まれたなら、きっと小説を書いたでしょう。


あなたが百年前に生まれたなら、
きっと何も書けなかったでしょう。


しかしあなたはこの時代に生まれたゆえに、
あなたの文才は書簡で花開いたのです。


「わたしはあのときから、陛下の真珠、陛下の薔薇(プリムローズ)なのです」


メルバーン卿が泣きそうな顔をする。


わたしは笑えているはずだった。笑えていなければいけなかった。


「わたしが城を辞すのは、陛下が御退位なさるときです」


つまりは崩御である。


「どうか、滅多なことを仰らないでください」


聞かなかったことにいたします。


つけ足しに、目の前のうつくしい男はそうっと目を伏せた。


「では、こう聞こう。プリムローズに戻ってはくれないか」

「戻りたいとは思います。ですがそれは、あなたに乞われたためではありません」

「分かっている。きみの誇りのためにだろう」

「……ええ」


ずるいひと。言葉選びが下手だなんて嘘。


ここで誇りと言ってくれるひとだから、わたしはこのひとを振り切れない。
< 69 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop