真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「ジュディス文官、きみにそういうつもりがないのは分かっている。ただ聞いてほしい」

「はい」


ひたりとヘイゼルの目がこちらを見据える。


薄茶の髪は、窓から差し込む木漏れ日で淡く透け、机の上の大きな両手が組み変わる。


「私は、きみに不自由をさせない。衣食住はもちろん、紙も、ペンも、インクも、きみだけの部屋も」


魅力的な申し出だわ。


夢のようなお話。


「……それで、わたしが揺らぐとお思いなのですね」


ただ聞いてほしい、なんて。ただ聞いて終わりにできないことを、分かりきった言葉選びじゃないの。


「揺らいではくれないのか」

「揺らぎますよ。あまりに的確だもの」


──メルバーン卿は、わたしのことを、よくご存知なのですね。


呟きに、責める色合いがのらずにすんで嬉しく思う。


困り果てて見上げたわたしに、メルバーン卿はうつくしく頷いた。


「そうか。よかった。……それなら、いい。返事はなくていいんだ」


きみを知りすぎるほど知る私を、人は、きみを知らぬものと思う。私はそれが嫌なだけだ。


「そうでなくては困ります。わたしは既婚ですもの。よくない噂など流されて、陛下にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんのよ」

「だが来てくれた。きみは今ここにいる。その事実に、縋ってはいけないだろうか」
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