真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
あまりにもひどいときにはお諌めするのが臣下の務め。けれど、この程度なら、特に大きな問題にはならない。

陛下は何も、わたしに無理強いをしているわけではないのだもの。


わたしは仕事の都合上、行くことが難しいけれど、厳しい夫から逃げ出した妻が集う修道院はそこかしこにある。離婚は外聞が悪いものの、珍しくはない。

拗れた夫婦関係を断つために、上司や周囲の者が後押しするのも、よくあること。


このまま夫に願っても、再度跳ね除けようとするに決まっている。それを、陛下のご威光で上書きしようというのだ。


すぐさま辞して書類を取りに行き、おずおずと陛下に差し出すと、陛下が即座に離婚を認める旨を記し、その晩のうちに手続きを終えるよう関係機関にお触れを出した。


離婚しましたよという確認書類はまたあの家に届くけれど、最高位のお方のサインを覆せるサインなど、あのひとに用意できようはずもない。


「ありがとう存じます」


お手数をおかけしてしまい、と続けたわたしを、陛下は穏やかに遮った。


「わたくしの臣下の憂いを払うのは、わたくしの特権よ。お茶が冷めてしまったわね。手続きが終わるまで付き合ってもらうわよ。淹れ直しましょう」


ここで特権と柔らかく言い換えてくださる配慮が、陛下の愛嬌が、このお方を女王に戴いてよかったと思わせる。わたしの女王は、言葉遣いがうまい。
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