真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「メルバーン卿」

「なんだい、ジュディス文官」

「ぜひお礼をさせてください。わたしにできることでしたら、」

「──ジュディス文官」


何でも、とは言わせてもらえなかった。短く遮られた。


「お礼をありがとう。気持ちを嬉しく思う」

「いえ、」

「だが、それは」


すい、とヘイゼルが窓の向こうを向く。


「……それは。私には、あまりにむごい言葉選びだ」

「っ」


言葉に詰まったわたしに見向きもせずに、けれど畳み掛けるように、メルバーン卿は重く口を開いた。


「きみは、何でもは、私に差し出せないだろう。もっとも、差し出すべきでもないが……」


私は欲深いよ。やめておいた方が賢明だ。


『私は、きみに不自由をさせない。衣食住はもちろん、紙も、ペンも、インクも、きみだけの部屋も』


薄茶の髪は、あのときと同じく木漏れ日に透けている。


『前向きな返事をくれて、ありがとう』

『きみのそういう、分別のあるところを好ましいと思うよ』

『きみがよいと思うときを、待っている』


思い出す、真摯な眼差し。


『ジュディス。きみの手紙が欲しい』


一度だけ、言葉が崩れた。あのとき以来、砕けた口調に移行したものの、敬称は外されていない。


この律儀なひとに、待つと言ってくれたひとに、何でも、なんて軽々に言おうとしてはいけなかった。
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