真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「お礼なんて、ほんとうはもらえない。花を育てているのは母で、私は繋ぐだけだ」

「いいえ、わたしがお礼を差し上げたいのです」


言い募ると、ありがとう、とささやきが落ちた。


「きみの言葉が欲しいなんて贅沢は言わない。もし叶うなら、きみの文字で、詩が欲しい。私が長年大事にしている詩を写してくれないだろうか」


言われた詩人の名前は、わたしが求める花が咲く公国のもの。メルバーン卿の叔母さまの住まう国とあって、幼い頃からかの国が身近だったのかもしれないわ。


「分かりました」

「きみならと思ったんだ。やはり、知っているのだね」

「陛下によい先生を選んでいただきましたもの」


そうか、とうつくしい男が笑った。距離を取るのがうまいひと。


「写すにあたって、お見本はいただけまして?」

「もちろんだとも。こちらを写してもらいたい」


メルバーン卿は、上着の胸の内ポケットから走り書きを取り出した。きれいに折りたたんである紙は、少し古ぼけてところどころ擦れ、掠れている。


……ほんとうに大事にしてきた言葉なのね。まさか、すぐに見本を渡されるとは思わなかった。


「畏まりました。こちらを写す際に条件はございますか」

「できるだけ、きみがこの言葉にふさわしいと思う形にしてほしい」

「畏まりました。……質問をしても?」

「構わないとも」


選んだ言葉ではうまく伝わらなかったようなので、もう直接的に聞く。


「こちらは正確に写すのでしょうか、それとも読みやすく写すのでしょうか」

「というと」

「……失礼ながら申し上げますわ。こちら、綴りに誤りがあるように見受けられます。訂正はいたしますか」

「はっ?」


おずおず付け足すと、メルバーン卿の声音が素っ頓狂に上がった。
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