帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません
恋がはじまる。
同窓会~芙優side~
東京の外れにある、美丘駅前商店街。
私鉄の普通列車だけが止まる、小ぢんまりとした美丘駅を囲んで、昔ながらの商店が軒を連ねる。
土曜日のお昼時も、商店が並ぶ細い通りいっぱいに、揚げ物、煮物、焼き鳥と、お店から美味しそうな匂いが立ちのぼり、おなかをすかせた通りすがりの人々の足を止める。
商店街の端にある小さな鯛焼き屋「つきしま」。
店主である私・月島芙優26歳は、緩くまとめた髪を三角巾で覆い、鯛型が並ぶ鋳物鍋をひっくり返しながら、焼きたてを待つ行列に元気な声をかけた。
「あと5個で完売です。せっかくきてくれたのに、ごめんねぇ」
がっかりして店の前から散り散りになる人々の中には、噂を聞いて遠方から来てくれたと見える顔ぶれもある。
申し訳なく思いながらも、今日だけは、と早めの閉店準備に入った。
「また市役所と喧嘩しに出かけるのか?」
学習塾の帰りらしい亮真が足を止め、のれんを外す私に言った。
亮真は中学生だけど、「つきしま」の大切な常連客のひとりだ。
美丘駅前商店街をぐるりと囲む一帯は、ここ数年で道路整備が進み、古い住宅が刷新された。
さながら新興住宅地の様相を呈したそのエリアには、共働きの子育てファミリーが多く流入した。
放課後にひとり、家で親を待つ子供たちも多く、お腹を空かせて鯛焼き目当てに「つきしま」にやってくる。
おかげで平日の放課後は、「つきしま」の前のベンチは子供たちで埋まってにぎやかだ。
もともと子供が大好きで、一年間小学校の教員をしていた私は、昨年この店を継いで以来、子供たちの憩いの場を提供できることに小さなやりがいを感じている。
美丘周辺の道路整備は、商店街の外堀を埋めるように着々と進み、再開発の波はいよいよ駅前へと及んだ。
亡くなった祖母から私へと二代続いた「つきしま」も、軒を連ねる他の商店同様に立ち退きを迫られ、存続の危機に直面している。
「あれは喧嘩じゃなくて、再開発反対の住民代表として、意見しに行ってるの。それに今日は、市役所じゃなくて、大学の同窓会」
私は言いながら、残しておいた鯛焼きを紙袋に入れ、亮真に手渡す。
「はいこれ、亮真が来ると思ってキープしておいたよ。多分この後、小学校の子たちも来るから、分けてあげて。今日は特別」
「やったぜ」
「その代わり、シャッター下ろしておいてね。私、出かける準備したいから」
そう言ってウインクして見せると、亮真は口を尖らせた。
「なんだよ、人使い荒いなぁ」
ぶうぶういいながらも亮真は慣れた手つきでシャッターをガラガラ下ろしてくれる。
今年中学に上がった彼は急に体が大きくなり、頼れる存在になりつつあった。
身支度をして裏の玄関から出ると、亮真が店の前のベンチで、年下の子供たちに鯛焼きを分けていた。
おめかしした私を見るなり、ちょっと怒った顔になる。
「芙優、別人みたいだな。いつものスモックの方がずっとましだ」
「スモックじゃない、かっぽう着!」
子ども相手に大人げなく言い合っていると、隣の焼き鳥屋「鳥壱」からレイナさんが顔を出し、満面の笑みを浮かべた。
「あら芙優ちゃん、すごく愛いね!」
「鳥壱」の店主である商店街会長のおじさんは、前の奥さんを早くに亡くしたあと、働き者の年下のフィリピン人、レイナさんを見初めて再婚した。
レイナさんと私は親子くらいの年齢差だけど、何でも話せる良き友人でもある。
「同窓会楽しんで。イケメンゲットしておいで」
レイナさんは自分のことのようにうきうきした様子で言った。
「べつに出会いを求めていくわけでは…」
と言いつつも、ふと、ある同級生の顔が浮かび、急に胸がどきどき高鳴り始めた。
「私知ってるよ。芙優ちゃんは白馬の王子様を待ってるんでしょう」
「やだなぁ、やめてよ」
慌てて否定したものの、レイナさんの言うことはあながち嘘でもない。
新しい出会いが期待できない暮らしの中で、突然王子様が迎えに来てくれることを、じつは夜な夜な妄想している。
「芙優みたいなおばさんのとこに王子様なんか来ないぞ。いい加減目を覚ませ」
亮真は言って、冷ややかな目線を送ってくる。
「まったく、いつのまにこんなに生意気になったの?」
私が言うと
「芙優ちゃんがおばさんだったらあたしはどうなるのよ」
とレイナさんが亮真の肩をつついた。
「じゃあ、行ってきます」
二人に手を振り、駅に向かって商店街を歩く。
「おめかしして、デートかい」
「あら、お見合い?」
と、蕎麦の「中原」、八百浩、花屋の「花蔵」、焼肉屋の「ちばや」…次々と店から店主やおかみさんが顔を出して冷やかしてくるから、嫌になっちゃう。
久々に会えるメンバー、みんな元気にしてるかな。
レイナさんとの会話の中で、心のどこかで出会いを期待している自分に気が付いてしまった。まあ、普段は商店街の大先輩たちとしか付き合いがないのだから、無理もない、か。
そんなふうに、かすかな期待を胸に会場に出向いた私を待っていたのは、思いもよらぬ出来事の数々だった。
私鉄の普通列車だけが止まる、小ぢんまりとした美丘駅を囲んで、昔ながらの商店が軒を連ねる。
土曜日のお昼時も、商店が並ぶ細い通りいっぱいに、揚げ物、煮物、焼き鳥と、お店から美味しそうな匂いが立ちのぼり、おなかをすかせた通りすがりの人々の足を止める。
商店街の端にある小さな鯛焼き屋「つきしま」。
店主である私・月島芙優26歳は、緩くまとめた髪を三角巾で覆い、鯛型が並ぶ鋳物鍋をひっくり返しながら、焼きたてを待つ行列に元気な声をかけた。
「あと5個で完売です。せっかくきてくれたのに、ごめんねぇ」
がっかりして店の前から散り散りになる人々の中には、噂を聞いて遠方から来てくれたと見える顔ぶれもある。
申し訳なく思いながらも、今日だけは、と早めの閉店準備に入った。
「また市役所と喧嘩しに出かけるのか?」
学習塾の帰りらしい亮真が足を止め、のれんを外す私に言った。
亮真は中学生だけど、「つきしま」の大切な常連客のひとりだ。
美丘駅前商店街をぐるりと囲む一帯は、ここ数年で道路整備が進み、古い住宅が刷新された。
さながら新興住宅地の様相を呈したそのエリアには、共働きの子育てファミリーが多く流入した。
放課後にひとり、家で親を待つ子供たちも多く、お腹を空かせて鯛焼き目当てに「つきしま」にやってくる。
おかげで平日の放課後は、「つきしま」の前のベンチは子供たちで埋まってにぎやかだ。
もともと子供が大好きで、一年間小学校の教員をしていた私は、昨年この店を継いで以来、子供たちの憩いの場を提供できることに小さなやりがいを感じている。
美丘周辺の道路整備は、商店街の外堀を埋めるように着々と進み、再開発の波はいよいよ駅前へと及んだ。
亡くなった祖母から私へと二代続いた「つきしま」も、軒を連ねる他の商店同様に立ち退きを迫られ、存続の危機に直面している。
「あれは喧嘩じゃなくて、再開発反対の住民代表として、意見しに行ってるの。それに今日は、市役所じゃなくて、大学の同窓会」
私は言いながら、残しておいた鯛焼きを紙袋に入れ、亮真に手渡す。
「はいこれ、亮真が来ると思ってキープしておいたよ。多分この後、小学校の子たちも来るから、分けてあげて。今日は特別」
「やったぜ」
「その代わり、シャッター下ろしておいてね。私、出かける準備したいから」
そう言ってウインクして見せると、亮真は口を尖らせた。
「なんだよ、人使い荒いなぁ」
ぶうぶういいながらも亮真は慣れた手つきでシャッターをガラガラ下ろしてくれる。
今年中学に上がった彼は急に体が大きくなり、頼れる存在になりつつあった。
身支度をして裏の玄関から出ると、亮真が店の前のベンチで、年下の子供たちに鯛焼きを分けていた。
おめかしした私を見るなり、ちょっと怒った顔になる。
「芙優、別人みたいだな。いつものスモックの方がずっとましだ」
「スモックじゃない、かっぽう着!」
子ども相手に大人げなく言い合っていると、隣の焼き鳥屋「鳥壱」からレイナさんが顔を出し、満面の笑みを浮かべた。
「あら芙優ちゃん、すごく愛いね!」
「鳥壱」の店主である商店街会長のおじさんは、前の奥さんを早くに亡くしたあと、働き者の年下のフィリピン人、レイナさんを見初めて再婚した。
レイナさんと私は親子くらいの年齢差だけど、何でも話せる良き友人でもある。
「同窓会楽しんで。イケメンゲットしておいで」
レイナさんは自分のことのようにうきうきした様子で言った。
「べつに出会いを求めていくわけでは…」
と言いつつも、ふと、ある同級生の顔が浮かび、急に胸がどきどき高鳴り始めた。
「私知ってるよ。芙優ちゃんは白馬の王子様を待ってるんでしょう」
「やだなぁ、やめてよ」
慌てて否定したものの、レイナさんの言うことはあながち嘘でもない。
新しい出会いが期待できない暮らしの中で、突然王子様が迎えに来てくれることを、じつは夜な夜な妄想している。
「芙優みたいなおばさんのとこに王子様なんか来ないぞ。いい加減目を覚ませ」
亮真は言って、冷ややかな目線を送ってくる。
「まったく、いつのまにこんなに生意気になったの?」
私が言うと
「芙優ちゃんがおばさんだったらあたしはどうなるのよ」
とレイナさんが亮真の肩をつついた。
「じゃあ、行ってきます」
二人に手を振り、駅に向かって商店街を歩く。
「おめかしして、デートかい」
「あら、お見合い?」
と、蕎麦の「中原」、八百浩、花屋の「花蔵」、焼肉屋の「ちばや」…次々と店から店主やおかみさんが顔を出して冷やかしてくるから、嫌になっちゃう。
久々に会えるメンバー、みんな元気にしてるかな。
レイナさんとの会話の中で、心のどこかで出会いを期待している自分に気が付いてしまった。まあ、普段は商店街の大先輩たちとしか付き合いがないのだから、無理もない、か。
そんなふうに、かすかな期待を胸に会場に出向いた私を待っていたのは、思いもよらぬ出来事の数々だった。
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