帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません
白馬の王子~芙優side~
火の手に包まれていく建物に飛び込もうとすると、何本もの手が私を引き戻した。
「だめだ間に合わない」
「いやだ、おばあちゃんの家が、私の家がなくなっちゃう」
手を振りほどいて家に入った。中は煙に包まれている。責めて位牌だけでも。奥に進むごとに息が苦しくなった。目の前が真っ暗になる。煙に押しつぶされるように店の床に体を打ち付けた。
次の瞬間、ふわりと体が浮かんだ。抱き上げられた腕の中で、私は力なく抵抗を試みる。
「放して…おばあちゃんの大事なものが」
「芙優、死にたいのか」
煙が充満する黒い視界が一気に開け、人々の叫び声がくっきりと聞こえる場所に運び出された。喉の奥に垂れこめた黒い塊のようなものを吐き出すようにむせ返る。地面の上で、咳が止まらなくて体をくの字に折った。
「芙優のことは、俺が守るから」
そんな力強い声が降ってくる。その声がどんどん遠ざかっていくように聞こえ、目の前が真っ白になって風景が消えた。
目を開けると、見慣れない白い天井がある。無機質な照明に照らされた、誰もいない白いベッドが隣にある。
薄い水色のカーテンを閉めている大我の後ろ姿に気づいて声をかけた。
「大我さん、ここは」
「商店街の近くの総合病院だよ。今日は一日安静にしていて。明日の朝には帰れるって」
先ほどの火災を思い出してぎゅっと胸を締め付けられた。
「うちは…?」
「残念だけど、全焼だった。あの通りは消防車が入れないから、消火活動に時間がかかった」
暗い影を落とす大我の顔が、滲んだ涙でゆらりとゆがむ。
祖母が折に触れて私に教えてくれた言葉を思い出す。
───「商店街の道は狭いから消防車が入れない。火が出たらひとたまりもないよ」
おばあちゃん、ごめんなさい。あんなに気を付けるように言われていたのに、家を燃やしてしまった。
何も言えずにいる私の肩に、そっと大我の手が触れた。敵方なのに、その手は温かくて、気を緩めたら彼の胸に飛び込んでしまいそうになる。
「芙優、今は友人として、話を聞きたい。なんでも話してよ」
「いや」
顔をそむけた時、ふとベッドサイドのテーブルが視界に入って、私は思わず目を見開いた。
祖母の遺影の写真たてと位牌が立てかけられて、花が活けてある。
「これは、大我さんが?」
大我は黙ってうなずいた。よく見ると顔もスーツにも煤が付いていて、煙の臭いを纏っている。
「芙優、思っていることを話して」
温かい眼差しと優しい声にほどかれるように、涙腺がこらえきれずに緩んだ。ぽろりと涙がこぼれてしまう。
「私はただ、おばあちゃんと過ごしたあの場所が無くなるのが怖かっただけなのかもしれない。
それが、商店街の青年部のリーダーだから、って、再開発反対のリーダーも頼まれて。やるからにはちゃんとやろうって、商店街の先輩たちの期待に応えようと必死でやって来たけど…負けは目に見えてた。
実際今日だって、消火活動にてこずった。ずっとあのままでいるのは無理なんだって、どこかでわかっているの。それでも私は、引き下がるわけにはいかない。商店街の人たちの気持ちを背負ってるんだから」
言いながら、いつの間にか涙声になってしまっている。情けないけれど、一度堰を切った涙はなかなか止まってくれなかった。声を殺して両手で顔を覆って泣いている私の背中を、大我のあたたかい手のひらが優しく撫でる。
「芙優、いまだけ、抱きしめていい?」
その声があまりに優しくて、胸の奥に押し留めた嗚咽を誘いだした。
「大我さん、今だけ、抱きしめて欲しいって言ってもいい?」
泣き声を絞って言うと、大我は優しく、長い腕で震える私の体を包み込んでくれた。
「だめだ間に合わない」
「いやだ、おばあちゃんの家が、私の家がなくなっちゃう」
手を振りほどいて家に入った。中は煙に包まれている。責めて位牌だけでも。奥に進むごとに息が苦しくなった。目の前が真っ暗になる。煙に押しつぶされるように店の床に体を打ち付けた。
次の瞬間、ふわりと体が浮かんだ。抱き上げられた腕の中で、私は力なく抵抗を試みる。
「放して…おばあちゃんの大事なものが」
「芙優、死にたいのか」
煙が充満する黒い視界が一気に開け、人々の叫び声がくっきりと聞こえる場所に運び出された。喉の奥に垂れこめた黒い塊のようなものを吐き出すようにむせ返る。地面の上で、咳が止まらなくて体をくの字に折った。
「芙優のことは、俺が守るから」
そんな力強い声が降ってくる。その声がどんどん遠ざかっていくように聞こえ、目の前が真っ白になって風景が消えた。
目を開けると、見慣れない白い天井がある。無機質な照明に照らされた、誰もいない白いベッドが隣にある。
薄い水色のカーテンを閉めている大我の後ろ姿に気づいて声をかけた。
「大我さん、ここは」
「商店街の近くの総合病院だよ。今日は一日安静にしていて。明日の朝には帰れるって」
先ほどの火災を思い出してぎゅっと胸を締め付けられた。
「うちは…?」
「残念だけど、全焼だった。あの通りは消防車が入れないから、消火活動に時間がかかった」
暗い影を落とす大我の顔が、滲んだ涙でゆらりとゆがむ。
祖母が折に触れて私に教えてくれた言葉を思い出す。
───「商店街の道は狭いから消防車が入れない。火が出たらひとたまりもないよ」
おばあちゃん、ごめんなさい。あんなに気を付けるように言われていたのに、家を燃やしてしまった。
何も言えずにいる私の肩に、そっと大我の手が触れた。敵方なのに、その手は温かくて、気を緩めたら彼の胸に飛び込んでしまいそうになる。
「芙優、今は友人として、話を聞きたい。なんでも話してよ」
「いや」
顔をそむけた時、ふとベッドサイドのテーブルが視界に入って、私は思わず目を見開いた。
祖母の遺影の写真たてと位牌が立てかけられて、花が活けてある。
「これは、大我さんが?」
大我は黙ってうなずいた。よく見ると顔もスーツにも煤が付いていて、煙の臭いを纏っている。
「芙優、思っていることを話して」
温かい眼差しと優しい声にほどかれるように、涙腺がこらえきれずに緩んだ。ぽろりと涙がこぼれてしまう。
「私はただ、おばあちゃんと過ごしたあの場所が無くなるのが怖かっただけなのかもしれない。
それが、商店街の青年部のリーダーだから、って、再開発反対のリーダーも頼まれて。やるからにはちゃんとやろうって、商店街の先輩たちの期待に応えようと必死でやって来たけど…負けは目に見えてた。
実際今日だって、消火活動にてこずった。ずっとあのままでいるのは無理なんだって、どこかでわかっているの。それでも私は、引き下がるわけにはいかない。商店街の人たちの気持ちを背負ってるんだから」
言いながら、いつの間にか涙声になってしまっている。情けないけれど、一度堰を切った涙はなかなか止まってくれなかった。声を殺して両手で顔を覆って泣いている私の背中を、大我のあたたかい手のひらが優しく撫でる。
「芙優、いまだけ、抱きしめていい?」
その声があまりに優しくて、胸の奥に押し留めた嗚咽を誘いだした。
「大我さん、今だけ、抱きしめて欲しいって言ってもいい?」
泣き声を絞って言うと、大我は優しく、長い腕で震える私の体を包み込んでくれた。