帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません
翌朝、スマホの着信音で目覚めた。ベッドの隣にはもう大我の姿がない。
電話の主は大我だった。

「芙優、ベランダから下を見て」

そう言われて外に出て見下ろすと、屋外駐車場に可愛らしい車があった。その車にもたれて大我が手を振っている。

「大我さん、それは」

「芙優の、キッチンカーだよ」

私は慌てて着替えて階下に駆け下りた。
接客をするための小窓が付いたワゴン。後ろのドアを開けると、電気式の鯛焼き器がセットされている。

「来週、北美丘の公園で、若手事業主の交流会主催のイベントがある。そこに出店するといいよ。場所は取ってある」

そう言ってチラシを渡された。

「若手事業主、か…」

ふと、商店街の人たちの顔を思い出す。
会長、そば屋の中原さん、花蔵の奥さん…店先で咲かせる笑顔には優しいしわが刻まれ、深くて長い人生経験を思わせた。どんな苦労も努力で乗り越えてきた、私の大好きな、人生の大先輩たち。

皆に可愛がられてここまで来たけれど、昨晩の一件で、若造の私と重鎮たちとの間には、対立の深い溝ができてしまった。

商店街の先輩たちとは、これでお別れになってしまうのだろうか。

寂しさを感じながらも、新しくて可愛らしいキッチンカーに、ワクワクするのをおさえられなかった。
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