帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません
財閥御曹司~大我side~
新宿の高層ビルの中でひときわ目立つ高級ホテル。
ホールで開かれた同業種交流パーティーで、俺・鳳条大我は鳳条建設の次期社長として、社長である父親と一緒に各企業のお偉い方と雑談を交わしていた。
「これは鳳条財閥の御曹司、鳳条大我くんじゃないか。今年28歳と言う若さで幹部に就任したやり手だと聞いているよ」
都市開発で鳳条建設とシェアを二分する門倉建設の社長が、舐めるように俺を見る。
「やり手とは言っても、なかなかの『きかんぼう』で、てこずってますよ」
親父は苦笑して俺の方をちらりと見た。
「美丘の再開発、『リボーン』プロジェクトのほうも、なかなかてこずっているそうですな」
門倉社長は冷ややかな笑みを浮かべた。
「いや、美丘駅周辺住民も、早晩私たちの計画には賛同してくれるでしょう」
「そうでしょうな。財力に物を言わせる鳳条財閥さんにあっては、吹けば飛ぶような商店主。なんてことはない。この再開発が実現すれば主要都市の開発シェア80パーセントという数字を達成ですな。もはや帝国支配も目前だ」
そう言って微笑む門倉社長の目には敵対心が滲んでいる。潤沢な資金を武器にここ数年みるみる業績を上げている鳳条が、門倉社長にとってはどうにも気に食わないらしい。
社長同士笑い合っているが、互いの目からバチバチ火花が散っているのが丸わかりだ。
───『財力があれば、信頼も夢も手に入る』
社内で親父はそう言って憚らないが、要するに「カネに物を言わせる」ということだ。社外の人間からやっかみを込めてこの姿勢を揶揄する声があるだけでなく、最近はこの方針を疑問に感じている人間が社内で増え始めているのを親父は知らない。
俺は場の空気に耐えきれなくなって、軽く会釈してその場を離れた。
「少し外の空気を吸いましょうか」
あとを追ってきた秘書の八神が言った。
八神はもともと親父の秘書を長く勤めていたひとで、親子ほどに年が離れた、人生の大先輩だ。社内での仕事の進め方、社外で取るべき行動ルール、あらゆる面で助言を請える信頼できるパートナーだ。
俺はもともと人の言うことは訊かないたちだけど、公私問わず俺をサポートしてくれる八神だけには、頭が上がらない。
ホールのガラス扉を開き、夜景を見下ろせるバルコニーに出て夜風に当たった。濃紺の紗幕に光の粒をちりばめたような新宿の空を眺めながら、八神に尋ねた。
「金に物を言わせる父のやり方、八神さんはどう思う?」
「私から言えることはありません。大我様はどうお考えで?」
「古いと思う」
「ならば、大我様は、どのように事業を進めますか?」
八神の目に、冷ややかな光がひらめいた。
「…どのようにって…」
「分からないのなら、むやみに父上に反抗しないことですね。どうやら大我様には社会勉強が必要なようです」
「社会勉強なら、これ以上できないってくらい毎日してるけど?」
「大我さんに足りないのは、心のふれあいです。まずは人を思いやる気持ちを持つこと。そうして、守りたい大切な人でも現れれば、変わるかもしれませんね」
「俺の質問の答えになってない。まるで禅問答だな」
そう言いながらも、八神の言葉は柔らかく胸に刺さり、深い余韻を残して胸の奥に沈んだ心地がした。
そこに、パーティーに参加していた令嬢たちが近づいてきた。
「鳳条さん、そこにいらしたの」
どの子も見た目は洗練され、連れ立って歩けば絵になるような華やかさだ。
だけど、その中身についてはどうしても興味が持てない。
会話の内容は、だれかの学歴、習い事、ファッションブランドや新作のジュエリー、話題の人気レストラン。そして、男たちの肩書や年収だ。
彼女たちが俺に向けるスナイパーのような目線は、俺の安定的な身分や、強固な経済的バックグラウンドに焦点が合っている。
内面などに全く興味を持たない彼女たちが、八神が言う「思いやり」とやらを俺に求めているとは到底思えない。
女の子たちとひとしきり雑談した後、俺は彼女たちの間を割ってすり抜けた。
「…疲れた。ちょっと外を歩いて来る。そのまま今夜取った部屋に戻るから」
八神に言い残し、逃げ出すようにホテルを出て、新宿の雑踏を歩いた。
自分の身分を知らない人たちの波に紛れ込むと、やっと本当の自分がとり戻せるような気がしてホッとする。俺にとってはこんな瞬間が一番の息抜きだ。
横断歩道を渡ろうと進んだとき、道の真ん中で座っている女の子につまずきそうになった。
「あぶないよ、なにしてんの?」
その場にとどまった俺と彼女を横目に、人々は二人を器用によけて流れるように通り過ぎていく。
マンホールの蓋の上でぺたりと正座している彼女は、声に気づいて顔を上げた。手にはヒールが折れた靴。どこかが痛むのか立ち上がることもできない様子だ。
ふと、先ほどの八神の言葉が蘇った。
───「まずは人を思いやる気持ちを持つこと」
こういう時は思いやりを持って助けるべきなんだよな…
そう自分に言い聞かせて彼女の手を取ってゆっくりと引き上げた。
「すみません。ありがとうございます」
片足で立ち上がると彼女は俺に向かってにっこり微笑んだ。顔と顔が急に近づき、なぜか心臓がドキリと跳ねた。
「マンホールの蓋の穴に、ヒールがぴったりはまっちゃって」
彼女はまた、照れ臭そうにほほ笑んだ。
よく笑う子だ。何気にけっこうピンチなのに。
はにかんだ笑顔は可憐で、まるで野の花がふわりと開いたようだ。俺と彼女の間をすり抜ける風が、甘い春風のように香った気がした。
胸が高鳴る。なんだろう、この感情は。
青信号が点滅する。それと同じ速さで、俺の心臓が早鐘を打った。
ホールで開かれた同業種交流パーティーで、俺・鳳条大我は鳳条建設の次期社長として、社長である父親と一緒に各企業のお偉い方と雑談を交わしていた。
「これは鳳条財閥の御曹司、鳳条大我くんじゃないか。今年28歳と言う若さで幹部に就任したやり手だと聞いているよ」
都市開発で鳳条建設とシェアを二分する門倉建設の社長が、舐めるように俺を見る。
「やり手とは言っても、なかなかの『きかんぼう』で、てこずってますよ」
親父は苦笑して俺の方をちらりと見た。
「美丘の再開発、『リボーン』プロジェクトのほうも、なかなかてこずっているそうですな」
門倉社長は冷ややかな笑みを浮かべた。
「いや、美丘駅周辺住民も、早晩私たちの計画には賛同してくれるでしょう」
「そうでしょうな。財力に物を言わせる鳳条財閥さんにあっては、吹けば飛ぶような商店主。なんてことはない。この再開発が実現すれば主要都市の開発シェア80パーセントという数字を達成ですな。もはや帝国支配も目前だ」
そう言って微笑む門倉社長の目には敵対心が滲んでいる。潤沢な資金を武器にここ数年みるみる業績を上げている鳳条が、門倉社長にとってはどうにも気に食わないらしい。
社長同士笑い合っているが、互いの目からバチバチ火花が散っているのが丸わかりだ。
───『財力があれば、信頼も夢も手に入る』
社内で親父はそう言って憚らないが、要するに「カネに物を言わせる」ということだ。社外の人間からやっかみを込めてこの姿勢を揶揄する声があるだけでなく、最近はこの方針を疑問に感じている人間が社内で増え始めているのを親父は知らない。
俺は場の空気に耐えきれなくなって、軽く会釈してその場を離れた。
「少し外の空気を吸いましょうか」
あとを追ってきた秘書の八神が言った。
八神はもともと親父の秘書を長く勤めていたひとで、親子ほどに年が離れた、人生の大先輩だ。社内での仕事の進め方、社外で取るべき行動ルール、あらゆる面で助言を請える信頼できるパートナーだ。
俺はもともと人の言うことは訊かないたちだけど、公私問わず俺をサポートしてくれる八神だけには、頭が上がらない。
ホールのガラス扉を開き、夜景を見下ろせるバルコニーに出て夜風に当たった。濃紺の紗幕に光の粒をちりばめたような新宿の空を眺めながら、八神に尋ねた。
「金に物を言わせる父のやり方、八神さんはどう思う?」
「私から言えることはありません。大我様はどうお考えで?」
「古いと思う」
「ならば、大我様は、どのように事業を進めますか?」
八神の目に、冷ややかな光がひらめいた。
「…どのようにって…」
「分からないのなら、むやみに父上に反抗しないことですね。どうやら大我様には社会勉強が必要なようです」
「社会勉強なら、これ以上できないってくらい毎日してるけど?」
「大我さんに足りないのは、心のふれあいです。まずは人を思いやる気持ちを持つこと。そうして、守りたい大切な人でも現れれば、変わるかもしれませんね」
「俺の質問の答えになってない。まるで禅問答だな」
そう言いながらも、八神の言葉は柔らかく胸に刺さり、深い余韻を残して胸の奥に沈んだ心地がした。
そこに、パーティーに参加していた令嬢たちが近づいてきた。
「鳳条さん、そこにいらしたの」
どの子も見た目は洗練され、連れ立って歩けば絵になるような華やかさだ。
だけど、その中身についてはどうしても興味が持てない。
会話の内容は、だれかの学歴、習い事、ファッションブランドや新作のジュエリー、話題の人気レストラン。そして、男たちの肩書や年収だ。
彼女たちが俺に向けるスナイパーのような目線は、俺の安定的な身分や、強固な経済的バックグラウンドに焦点が合っている。
内面などに全く興味を持たない彼女たちが、八神が言う「思いやり」とやらを俺に求めているとは到底思えない。
女の子たちとひとしきり雑談した後、俺は彼女たちの間を割ってすり抜けた。
「…疲れた。ちょっと外を歩いて来る。そのまま今夜取った部屋に戻るから」
八神に言い残し、逃げ出すようにホテルを出て、新宿の雑踏を歩いた。
自分の身分を知らない人たちの波に紛れ込むと、やっと本当の自分がとり戻せるような気がしてホッとする。俺にとってはこんな瞬間が一番の息抜きだ。
横断歩道を渡ろうと進んだとき、道の真ん中で座っている女の子につまずきそうになった。
「あぶないよ、なにしてんの?」
その場にとどまった俺と彼女を横目に、人々は二人を器用によけて流れるように通り過ぎていく。
マンホールの蓋の上でぺたりと正座している彼女は、声に気づいて顔を上げた。手にはヒールが折れた靴。どこかが痛むのか立ち上がることもできない様子だ。
ふと、先ほどの八神の言葉が蘇った。
───「まずは人を思いやる気持ちを持つこと」
こういう時は思いやりを持って助けるべきなんだよな…
そう自分に言い聞かせて彼女の手を取ってゆっくりと引き上げた。
「すみません。ありがとうございます」
片足で立ち上がると彼女は俺に向かってにっこり微笑んだ。顔と顔が急に近づき、なぜか心臓がドキリと跳ねた。
「マンホールの蓋の穴に、ヒールがぴったりはまっちゃって」
彼女はまた、照れ臭そうにほほ笑んだ。
よく笑う子だ。何気にけっこうピンチなのに。
はにかんだ笑顔は可憐で、まるで野の花がふわりと開いたようだ。俺と彼女の間をすり抜ける風が、甘い春風のように香った気がした。
胸が高鳴る。なんだろう、この感情は。
青信号が点滅する。それと同じ速さで、俺の心臓が早鐘を打った。