落ちこぼれ魔女・火花の魔法改革!〜孤独なマーメイドと海の秘宝〜
面倒な授業『ノア目線』
第13話
目の前には、青い空と海が広がっている。
「――あーもう。あいつらどこいったんだよ……」
果てのない海の上をほうきで飛びながら、俺は舌打ちをした。
火花のやつ、無茶してないといいな。いや、そんなことを願っても無駄だっていうのは、経験上分かっているんだけど……。
「――ねぇ」
火花は魔力だけ見れば人並み以上だが、コントロールが絶望的だ。
この前も食堂に忍び込み、こっそり翌朝のメニューで用意されてた冷凍キッシュを温めようとして、炎魔法をミスってキッチンを破壊。のみならず、諦めずもう一回挑戦しようとして、キッチンのある棟を半壊させた。
恐るべき食欲。
そして翌日、それがバレて三日間の停学処分になったんだっけ。
……いや、たしかそのあとまたなにかやらかして、追加で停学期間延長になったんだった。
……まったく、起きているとろくなことをしないんだから。まぁ、そういう抜けてるところも火花らしいっていえばらしいんだけど……。
「ねぇってばっ!」
「わっ」
不機嫌そうな声に引き止められ、ハッと顔を上げる。
「……あ、ごめんなに? ダリアン」
振り返ると、眉間に皺を寄せた縦巻きツインテールの女と目が合った。
今回授業でペアを組んだダリアン・ベイカーだ。
クラスメイトのダリアンは、魔界総理大臣、アルデバラン・ベイカーの一人娘で、超金持ち。高飛車できつい性格だが、家柄のおかげでいじめられてはいない。
そしてなぜか、火花によく絡んでいる。俺に絡んでくる女の子は多いけど、そういう子たちは大体火花のことは敬遠する。
イマイチ分からない子だ。
今日の飛行魔法の授業は、ペアを作って星の原石という魔法を使うときに必須な燃料の資源を探すというもの。
本当はじゃじゃ馬火花とペアになるつもりだったが、そうなるとドロシーがひとりになってしまう。
さすがにドロシーを差し置いて火花とペアになるわけにもいかないし、どの道火花とは一緒に動くつもりでいたからペアを譲ったのだけど……。
火花はご褒美という言葉に目が眩んだのか、はたまたダリアンの挑発に苛立ったのか……。
俺にも行き先を言わない始末だ。
まったく、中学生になったというのに変わらず手がかかる幼なじみなんだから。
「ノアくんってば、いつまで進むの? 私もう疲れたんだけど」
「ははっ、そうだよね。少しゆっくり行こうか」
俺は、ダリアンにいつも通りの作り笑顔を浮かべる。
ダリアンは長い巻き髪を指先で弄びながら、さらに甘ったるい声を出す。
「ねぇ、もしかして火花やドロシーと同じ海の原石狙い?」
「あぁ、うん。そのつもりだけど。競争率低そうだし、アイツら放っておくわけにもいかないし」
「えぇ~せっかくふたりきりのペアになれたんだから、あの子たちは放っておいて、森に行きましょうよ。太陽の照り返しとか最悪だし、私、海水に濡れるのいやよ。あとでベトベトになるんだもの」
「あー……そっか……」
だったらなんで俺とペアを組んだんだか。
俺が火花と同じコースを選ぶことは、最初から分かっていただろうに。
もっと大人しい子と組むべきだったかな……。
内心若干イライラしつつ、顔には穏やかな笑みを浮かべる。
「女の子は湿気とか大敵だもんね。気付かなくてごめんね」
張り付けたニセモノの笑顔でしれっと言うと、ダリアンは気を良くしたのか、腕に巻きついてきた。
「ま、ノアくんだから許すけどねっ! ねぇ、それより課題なんてどうでもいいから、このまま私と抜け出さない?」
はぁ?
耳を疑う。
誰が誰と抜け出すって?
「火花にあんな啖呵切ってたのに、いいの?」
さすがに戸惑いの表情で彼女を見る。ダリアンは涼し気な顔をして頬にかかった前髪をさらりと後ろへ流した。
「ああ言えば、あの子はおバカだから素直に海の中に入ると思ったのよ」
「……どういうこと?」
俺は眉を寄せ、ダリアンを見つめる。
「昔、うちに来てた家庭教師がとある本を見せてくれたの。そこにこう書かれていたわ。海の中に沈んだ星の原石はね、恐ろしい魔女が独り占めしているんだって」
「魔女? 海にも魔女がいるのか?」
そんな話、聞いたこともないが……。
「そう。ま、本当かどうかは知らないけどね……でもいないとも言いきれないし、星の原石を探すなら無難に森か山のほうがいいわよっ!」
それならなおさら、火花が危ない。そんな話を知っていて、ダリアンはわざと火花を焚き付けたのか。
「さっ、ノアくん。海なんてやめて、森に行きましょ」
ダリアンが馴れ馴れしく俺の腕に絡みついてくる。
「……いや」
巻きついてきた腕を優しく解きながら、口を開く。
「いいことを考えた」
「えっ、なになに?」
嬉しそうに近寄ってくるダリアンに、俺は笑顔で告げる。
「ここからは別行動で行こう。二手に別れたほうが確率も上がるからね」
「えっ?」
ダリアンは動きを止めると、きょとんとした顔で俺を見上げた。
「いや……」
「俺は海を行く。火花たちも行っているだろうし、ダリアンの話を伝えなくちゃ。ダリアンは森の中の星の原石を頼む。授業終了十分前に学校前の雑木林の入口で落ち合おう! それじゃ」
逃げるようにほうきのスピードをぐんと上げる。わざとほうきの先を海面につけて、水しぶきを上げて目眩しにした。
「えっ、ちょっと! ノアくんっ!?」
ダリアンに追いつかれる前に、俺は自分自身に魔法で空気の膜を張り、海の中に飛び込んだ。
よし。これで邪魔者はいなくなった。
急がないと。
火花のやつ、無茶をしていないといいんだけど。
「ほうき、頼む。火花のいる場所までエンジン全開で連れて行ってくれ」
ほうきは頷くように一度たわむと、勢いを増して魔法が指し示す火花の場所へ向かった。