落ちこぼれ魔女・火花の魔法改革!〜孤独なマーメイドと海の秘宝〜
第8話
私たちは歌声のするほうへ向かって泳いだ。
声はどんどん大きくなっている。
きっと、この先にいる。この歌声の主が……。
ウツボたちの集合住宅とワカメとクラゲの森を抜けて、さらに珊瑚の岩場を越える。
泳ぎながらも、歌声に耳をすませる。
『ラララ……』
でも、方角はあっているはずなのに、いつまで経っても姿が見えない。
「ちょっと火花ちゃん、どこまで行くの~」
後ろでドロシーが声を上げている。
「ねぇドロシー。歌声ってこの辺りから聴こえるよね?」
泳ぎながら訊ねると、ドロシーは信じられないことを言った。
「さっきから、歌声ってなんのこと? 私にはなんにも聴こえないよ」
え?
私は泳ぐのをやめて、ドロシーを振り返る。
「こんなはっきり聴こえるのに?」
今だって、ほら……。
『ララ……ラ……ララ』
澄んだ歌声がはっきりと聴こえる。
私はドロシーを見つめた。
「……この歌声、聴こえないの?」
「……うん」
ドロシーは困ったように私を見つめながら頷いた。
「なんにも聴こえない」
「そんな……」
ごくり、と息を呑む。
どうして? この声が聴こえるのは、私だけ……?
辺りを見回す。
珊瑚の岩場の向こうは暗い。目を凝らすと、影の中にうっすらと沈没船のようなものが見えた。
「あっ、ドロシー見て! あそこ、あの沈没船っ! なにかいそう!」
私が指さした方向を見たドロシーの顔から、サァッと血の気が引いていく。
「ひゃあっ! なっ、なにあれ! ユーレイとか出そうだし絶対やだっ! 行かない!」
「あー……」
……そうだった。
ドロシーって怖がりなんだった。仕方ない。ここは私ひとりで行くかぁ。
「じゃあ、ドロシーはここで待ってていいよ。私、ちょっと見に行ってくるから!」
そう言って、私はひとり沈没船へ向かった。
「えぇっ!? 待って、やだやだ。置いていかないでよ、火花ちゃんのバカァ~」
***
沈没船はかなり豪華な造りをしていたが、なかなか古そうだ。
大きな船体の大部分は既にぼろぼろ。真ん中で真っ二つに割れてしまっている。
断面からこっそりと中を覗くと、カラフルな魚たちやイソギンチャクやヒトデがいた。今では魚たちの住処になっているようだ。
「うわぁ……きれーい」
なんだか、おとぎ話の中に入り込んだみたい!
沈没船ってなんだかわくわくするよね。もしかして、沈んだまま失われてしまったお宝とかあったりして……。
破れた帆が、潮の流れにひらひらと舞うように揺れている。
陸と違って音がなくて、なんだか少し異様にも思える空間。
周囲をぐるぐる回って観察してみる。
うーん、ドロシーの言うとおり、ユーレイ船ぽいといえばユーレイ船ぽいかも?
「もしかして、私が聴いた声もユーレイの声だったりして。ドロシーは全然聴こえてないみたいだったし……」
「きゃぁぁあ!」
「うわぁっ!?」
突然の叫び声に、私は飛び上がって驚く。振り向くと、ドロシーがいた。
「って、なんだ、ドロシーか。もう、脅かさないでよ」
「なによ、火花ちゃんのバカ!」
追いついてきたドロシーにぽかすか叩かれる。
「おわっ!」
「置いていかないでよ! 火花ちゃんのバカバカッ!!」
イタタタッ。
「だってドロシー、怖いって言ってたから……」
「置いていかれたほうが怖いよ、バカっ!」
「んもう。バカバカひどいなぁ……分かったよ、ごめんね。ここからは一緒に回ろう」
私はドロシーの手を取って、船の様子を覗きに、泳ぎを再開した。
客室らしき部屋には、ベッドやテーブルがそのままきれいに残されていた。
クローゼットの中を覗いてみると、少し古そうなデザインの女性物のドレスや指輪、調度品などが当時のかたちのままころりと出てきた。
「わっ! 可愛い!」
「ていうか、この船……沈没してどれくらい経つのかわからないけど、沈没船ってこんなに綺麗に残ってるものなのかな……?」
「あ、言われてみればたしかにそうだね」
と、そのとき。
『ララ……ラララ』
また、歌声が聴こえた。
「声だ! ドロシー! 今のはさすがに聴こえたでしょ?」
「だから、声なんて聴こえないって」
「えぇ~?」
いったいどういうことなの~?
かしゃかしゃと頭を搔きながら唸ると、ぶくぶくと泡が水面へ向かって上がっていく。
「本当に聴こえるんだけどな……」
私たちは客室を出て、ユーレイ船の傾いた廊下を進んだ。
『ラララ……ラララ~』
泳ぎながら、いるかどうかも分からないユーレイさんに呼びかけてみる。
「あの~、ユーレイさ~ん? もしいるなら返事して~」
客船の中に私の声が響く。
『ラ…………』
……すると、それまで響いていた歌声がぴたりと止んだ。
「あれっ? 声がしなくなっちゃった!」
どうして?
船の中をぐるぐると探し回る。
「こっちのほうから聴こえた気がしたんだよなぁ……失礼しまーす! 誰かいますか~?」
さっきとは別の客室を覗く。
ベッドやソファはふかふか。テーブルにはちょこんと可愛らしいお花も飾られていて、古いけれど汚れてはいない。
……ん? 汚れてない?
さっきから感じていた違和感にようやく気付く。
「いやいや、おかしいよね? こんなに古いのに、どうしてお花なんか……」
首を傾げた瞬間。視界の中を、ちらっとなにかが横切った。
黒い影。すばしっこくて、えっと思った瞬間にそれは消えてしまった。
「ひゃっ!?」
「な、なに今の……」
もしかして、本当にユーレイ……?
ドロシーと顔を見合わせる。
影が消えた方向は、船のさらに奥だ。
「うぅ、怖いよ。もう帰ろうよぉ……」
「……ドロシー!! ユーレイさん本当にいたね!」
これは行くっきゃない!
「行くよっ! ドロシー!」
「言うと思ったよ……」
そうして、私とドロシーとユーレイの追いかけっこが始まった。