離婚記念日
「片寄さん」

聞き覚えのある声に背筋が凍る。
振り返ると先週会った友永さんが立っていた。

「今日も少しお時間いただけますか?」

嫌と言わせない圧力を感じ、私は頷いた。

この前と同じカフェ、同じ席に座る。

「あの後少し考えていただけましたか?」

座って早々に話を切り出された。
もちろん私たちの間にこの話以外することはないのだが、唐突な問いに俯いてしまう。

「太一様のご両親は早期解決を望まれています」

「早期解決……ですか」

「はい。すでに太一様は丸3年証券会社で働いています。今年の4月で4年目ですので、あと1年以内には跡を継ぐためブリジャールに戻られる予定です」

「え? そんなの聞いてない」

もうそんなに近い未来の話なの? と私は焦る。もちろん太一くんからは何も聞いていない。聞くも何も、彼の実家の話なんて友永さんから聞く以外私には知る術もなかった。結婚前にもっと聞けばよかったのでは、と言われたらそれまでだが、若い私は太一くんに言われるのが全てで、不思議にも思わなかった。

「太一様はもちろん分かっていますよ。自分のお立場も、しなければならないことも」

「私。離婚したくないです」

「そうですか。それが片寄さんの結論ですか」

深いため息を吐きながら友永さんは白い目で見つめてきた。

「太一様のお立場も考えたんですね。何も持たないあなたが妻でいるのを良しと思われたんですね。ご両親の反対も何も思わないんですね」

「あ、いえ。その……」

「周囲の反対を押し切ってもご自分の良いように考えられるんですね。ブリジャールを背負う太一様のあしでまといになるとしても」

「そんな……」

そんなことを言われ、手が震える。血の気が引くのを感じてしまう。思わず手にしたカフェラテはカタカタとカップが震え、ソーサーとぶつかり音を出してしまう。

「ブリジャールは調べていただきましたか? どれだけの社員がいるか。どれほどの企業なのか。太一様はこれからその全てを背負っていかれるんです。その後ろ盾になれるようなものがあなたにはないのに」

またため息をつく彼の姿にますます手の震えが止まらない。

「婚約する予定だった方は金融関係のご令嬢で、ご両親ともお付き合いのある方です。太一様とも面識があり、家族ぐるみのお付き合いをされています。みなさんからすればあなたが横入りしてきたと思われています」

私が割り込んだの?
私は太一くんと普通に恋愛結婚をしたつもりだったのに。
震えた指先がどんどんと冷えていくのがわかる。

「私……」

「まだ考える時間が必要ですか?」

私の言葉を遮り友永さんは鋭く切り込む。

「時間は無限ではないです。有限です。みなさんにとってベストを考えてください。太一様を困らせないでください」

太一くんを困らせているの?
彼がプロポーズもしてくれた時、本当に嬉しかった。私たち今も幸せに暮らしていると思っているのに、それだけではダメなの?
私の頭の中は真っ白になった。
友永さんはまた伝票を持つと今日も先に席を立つと「また来ます」とだけ言い残し帰って行った。
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