離婚記念日
「お帰りなさい」
今日早めに帰ると言ってくれた太一くんは19時に帰宅した。いつもと変わらずきちんとスーツを着こなし一部の隙もない。どこからみてもエリートだ。毎日見ているのに毎日彼に恋をしている。
思わず抱きついた私に太一くんは抱きしめ返してくれた。
「ただいま」
頭の上で聞こえる彼の声に目頭が熱くなってしまう。私は奥歯を噛み締め、彼の胸からやっと顔を上げた。
「今日早く帰ったからご馳走にしたんだよ。早くお風呂に入ってきて!」
笑顔でそう伝えるとようやく彼の腕の中から抜け出た。本当はもっと彼の匂いに包まれていたかった。
太一くんはいつもと何も変わりなく、私の頭をポンポンすると鞄を置きにいき、バスルームへ消えて行った。
私は涙を抑えるため、何度も大きく深呼吸をし、キッチンで料理を温め直した。ここにいるのも今日が最期と思うとまた涙が溢れそうになる。その度に心を落ち着かせるため深呼吸を繰り返し続けた。
「お待たせ」
肩にタオルをかけ、ラフなスウェットでテーブルについた。
「もう! 春でもまだこんな陽気だから乾かさないと風邪ひくよ」
「でも莉美が待っててくれるから」
「だーめ。ほら、乾かしてあげるから」
私は太一くんを立たせ、洗面所へと連れて行った。ドライヤーをコンセントに挿し、私は乾かしてあげる。身長差があるので私は手を伸ばさないと頭の上を乾かしてあげられない。くしゃくしゃとかき混ぜるように乾かすが、太一くんはされるがまま。
「太一くん、しゃがんでよ」
「はいはい」
自分でやるとは言わず、素直にしゃがみこんできた。
私は手が届くようになった太一くんの頭を手櫛で整えながら乾かしてあげた。
「莉美、なんだか優しい」
太一くんがポツリと呟き、ドキリとした。
「もー! いつも優しくない? そんなこと言うならやってあげない」
不貞腐れたように言うと太一くんは笑っていた。
「いつも優しいよ」
その甘い声に胸が締め付けられる。今日は何をしても、何を聞いてもダメみたい。感情が揺れすぎて手が震える。
なんとか絞り出すように「はい終わり」と言うとキッチンへ慌てて戻って行った。
太一くんは後を追うようにキッチンへやってきて料理を盛り付けるのを手伝ってくれる。座っていて、と言っても隣でお皿を出したりコップを準備したりと手慣れた様子で並べていく。太一くんが共働きなのだから、と言って家事を積極的に手伝ってくれていたのがだんだん当たり前になっていた。太一くんは私よりも仕事が忙しいのに料理だけでなく洗濯や掃除も手伝ってくれていた。私はこの一年太一くんのなんだったのだろう。彼に負担をかけていただけだったのではないかと反省した。やっぱり何もかも足を引っ張る存在になりかねないのだと感じた。ご両親だってこんな私よりは、より良い人と結婚して欲しいと考えるのは当たり前の感情だと思った。
太一くんと向かい合わせでご飯を食べ始める。彼の好きなものばかりが並ぶ夕飯に、箸が止まらない。たくさん食べてくれる姿を眺めていると不思議そうな顔で覗き込んできた。
「莉美?」
「あ、ごめん。ぼうっとしちゃった。味どう?」
「美味しいよ。やっぱり莉美の料理は最高!」
頬張る彼の様子が嬉しくて、つい涙がポロリとこぼれ落ちてしまった。
「莉美?」
「あ、ごめん。美味しそうに食べてくれる太一くんの姿が嬉しくて」
心配そうに覗き込む彼に笑いながらそう伝えた。
「いつも美味しいって思ってるよ」
「うん。ありがとう。なんだか良い奥さんじゃなかったなぁって思っちゃって」
ハハハ、と誤魔化すように笑うと彼はちょっと怒ったような表情で私に向き合う。
「莉美は最高の奥さんだよ」
その言葉にまた涙が溢れてしまう。いくら奥歯を噛み締め、手をぎゅっと握りしめていても我慢ができなかった。
「ありがとう」
また泣き笑いをしながら太一くんに笑いかけた。最期くらい笑った顔を彼に覚えていて欲しかったから。
今日早めに帰ると言ってくれた太一くんは19時に帰宅した。いつもと変わらずきちんとスーツを着こなし一部の隙もない。どこからみてもエリートだ。毎日見ているのに毎日彼に恋をしている。
思わず抱きついた私に太一くんは抱きしめ返してくれた。
「ただいま」
頭の上で聞こえる彼の声に目頭が熱くなってしまう。私は奥歯を噛み締め、彼の胸からやっと顔を上げた。
「今日早く帰ったからご馳走にしたんだよ。早くお風呂に入ってきて!」
笑顔でそう伝えるとようやく彼の腕の中から抜け出た。本当はもっと彼の匂いに包まれていたかった。
太一くんはいつもと何も変わりなく、私の頭をポンポンすると鞄を置きにいき、バスルームへ消えて行った。
私は涙を抑えるため、何度も大きく深呼吸をし、キッチンで料理を温め直した。ここにいるのも今日が最期と思うとまた涙が溢れそうになる。その度に心を落ち着かせるため深呼吸を繰り返し続けた。
「お待たせ」
肩にタオルをかけ、ラフなスウェットでテーブルについた。
「もう! 春でもまだこんな陽気だから乾かさないと風邪ひくよ」
「でも莉美が待っててくれるから」
「だーめ。ほら、乾かしてあげるから」
私は太一くんを立たせ、洗面所へと連れて行った。ドライヤーをコンセントに挿し、私は乾かしてあげる。身長差があるので私は手を伸ばさないと頭の上を乾かしてあげられない。くしゃくしゃとかき混ぜるように乾かすが、太一くんはされるがまま。
「太一くん、しゃがんでよ」
「はいはい」
自分でやるとは言わず、素直にしゃがみこんできた。
私は手が届くようになった太一くんの頭を手櫛で整えながら乾かしてあげた。
「莉美、なんだか優しい」
太一くんがポツリと呟き、ドキリとした。
「もー! いつも優しくない? そんなこと言うならやってあげない」
不貞腐れたように言うと太一くんは笑っていた。
「いつも優しいよ」
その甘い声に胸が締め付けられる。今日は何をしても、何を聞いてもダメみたい。感情が揺れすぎて手が震える。
なんとか絞り出すように「はい終わり」と言うとキッチンへ慌てて戻って行った。
太一くんは後を追うようにキッチンへやってきて料理を盛り付けるのを手伝ってくれる。座っていて、と言っても隣でお皿を出したりコップを準備したりと手慣れた様子で並べていく。太一くんが共働きなのだから、と言って家事を積極的に手伝ってくれていたのがだんだん当たり前になっていた。太一くんは私よりも仕事が忙しいのに料理だけでなく洗濯や掃除も手伝ってくれていた。私はこの一年太一くんのなんだったのだろう。彼に負担をかけていただけだったのではないかと反省した。やっぱり何もかも足を引っ張る存在になりかねないのだと感じた。ご両親だってこんな私よりは、より良い人と結婚して欲しいと考えるのは当たり前の感情だと思った。
太一くんと向かい合わせでご飯を食べ始める。彼の好きなものばかりが並ぶ夕飯に、箸が止まらない。たくさん食べてくれる姿を眺めていると不思議そうな顔で覗き込んできた。
「莉美?」
「あ、ごめん。ぼうっとしちゃった。味どう?」
「美味しいよ。やっぱり莉美の料理は最高!」
頬張る彼の様子が嬉しくて、つい涙がポロリとこぼれ落ちてしまった。
「莉美?」
「あ、ごめん。美味しそうに食べてくれる太一くんの姿が嬉しくて」
心配そうに覗き込む彼に笑いながらそう伝えた。
「いつも美味しいって思ってるよ」
「うん。ありがとう。なんだか良い奥さんじゃなかったなぁって思っちゃって」
ハハハ、と誤魔化すように笑うと彼はちょっと怒ったような表情で私に向き合う。
「莉美は最高の奥さんだよ」
その言葉にまた涙が溢れてしまう。いくら奥歯を噛み締め、手をぎゅっと握りしめていても我慢ができなかった。
「ありがとう」
また泣き笑いをしながら太一くんに笑いかけた。最期くらい笑った顔を彼に覚えていて欲しかったから。