離婚記念日
***
「いらっしゃいませ」

Tシャツにカフェエプロンを付け、ドアを開けたお客さんに声をかける。
海の見える席へと案内し、注文を取る。
初めこそメニューが覚えられず、何度もミスしてしまったが2ヶ月が過ぎようやくミスが減ってきた。
暖かくなってきてサーフィンを楽しむ人が増えてきたのかお客さんも多くなってきた。
店長と奥さんに支えてもらいなんとか今日までやってきた。
働き始めた頃は精神的にも落ち着かず、気がそぞろになってしまうことも多かった。そんな私の様子にいつも寄り添ってくれる町田(まちだ)さん夫婦には感謝しかない。50代のご夫婦は脱サラし、カフェを始めたそうだが奥さんは当初反対だったそうだ。でも旦那さんの熱意に負け、ふたりで初めたという。最初は勝手も分からず、喧嘩が絶えなかったようだが今はおたがいを理解しているのがよく分かる。喧嘩するほど仲がいい、というが町田さん夫婦はお腹に溜め込まずなんでも言い合っている姿が印象的だ。毎日一緒に過ごしているからこそ、その時々感じたことを話し合い、喧嘩してでもお互いにとって良い形を模索してきたと言っていた。
私は太一くんと喧嘩したことなかったな……。いつも優しくて頼り甲斐のある彼に頼りっぱなしだった。太一くんが怒る姿なんて想像もつかない。そんな顔さえ知らなかったな、とふと思い返していた。
町田さん夫婦には私が離婚して、ここに引っ越してきた話はしてある。人生色々とあるよね、と奥さんの道子(みちこ)さんに励まされ、ポロリと涙がこぼれたことも思い出した。
両親のような年齢の町田さんのカフェで働けて幸せだと思った。
毎日仕事が終わると自転車に乗り、スーパーに寄ってからアパートに帰る日々。まだ坂道は自転車で登れず、押して登る。高校生くらいの子たちはみんな立ち漕ぎして登っているのを見ていると私ももっと体力をつけなきゃと苦笑いが出る。
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